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老いること 暮らすこと: 平岩弓枝

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70歳を超える作家の、老いること、と、暮らすこと。日常。



・茫然自失(ぼうぜんじしつ)

・地獄で仏

・どっこいしょのこらしょのえいさっさ

・お家の力って凄いのよ。どんな医療もかなわないほど、老人を回復させる力がある

・そんなにみつめると絵に穴があきゃしないかといいたくなるくらいに凝視を続け、
 一つ一つに大きく合点しながら移動していく姿

・耄碌(もうろく)

・今の君は、手を広げるよりも、足許を固めることが大事だと思うからで、
 あれもやりたい、これもやりたいときょろきょろした人間で成功した例は極めて少ない。
 一芸に秀でるという言葉はあるが、百芸に秀でるとはいわんだろう。

・入院 神様が下さった休憩だと感謝していると笑った

・老いというのは七面倒なものだと思いながら、少しずつ老いを甘受するのが、
 我々の年齢の頃なのであろうか。

・すっぽん料理には、客の注文で、生きたすっぽんの首を切って、その血を供することがある。

・親しくしている名料理人から、里のものが豊作の年は、山のものは不作だと昔からいわれている
 と聞いたことがあった。
 米の豊作の年は松茸などは、あまり出来がよくないという。

・花はやはり出会いか

・好々爺(こうこうや)

・若かった私にとって、五十代後半は、もう老人と認めてしまう年齢であったのだろうか。
 人間とは勝手なもので、自分が七十になってみると、五十代なぞまだ若者の範疇に入れてやっても
 よいくらいで、今の私が老人としてイメージするのは、八十代の後半以上になっている。

・夜の暗さのおかげで、おばあさんと呼ばれなかったことを、私は内心で大喜びしていた。

・間違いを知るためには、ひたすら本を読むことを教えられた。

・江戸時代の孝女は親のために身売りをした

・人が無事におのれの一生を終えるのは容易なことではない

・初夏に金魚が好まれた理由に、赤い色が魔よけになるという古い民俗信仰の影響があったようだ。

読んでいて、著者の人となりが見える。
70歳を超えた人の言葉というのは、軽々しさがあり、説教じみてもいなくて、読みやすい。

いくつかのフレーズが、とても印象に残った。

「間違いを知るためには本をひたすら読むこと」
・・・これは真理。本が重要なのは、間違いを知ることができることだと自分も思う。

「若かった私にとって、五十代後半は、もう老人と認めてしまう年齢であったのだろうか」
・・・自分自身20台半ばだが、今の個人的な老人という概念に対する思いは60歳以上の人間。
  考えてみると、これは結構失礼な話で、勝手に老人と大人の境界線を引いているのだから、
 当事者にとっては、嫌なものなんだろう。

「今の君は、手を広げるよりも、足許を固めることが大事だと思うからで、
 あれもやりたい、これもやりたいときょろきょろした人間で成功した例は極めて少ない。」
・・・足許を固めることに今後も集中したいと思えた。
  忘れがちなことだと思うから。



老いることを恐れがちだが、著者のように甘受できる日が自分にも来ればよいと思う。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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