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日経ポケットギャラリー「Marc CHAGALL」

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シャガール入門書のような本。
素人の自分でも楽しめた。



1887年7月7日にロシアのユダヤ人居住区で生まれたシャガール。
1907年に芸術家を目指し、首都ペテルブルグへ。
美術学校で学ぶも、満足できず、1910年パリへ。最初の開花期。

パリでシャガールの作品を高く評価し、友人となった多くは詩人。
そのうちの一人ギョーム・アポリネールはシャガールの作品を
「シュル・ナチュラル(超自然)」と呼ぶ。


1914年ロシアへ帰国。
婚約者のベラとの結婚。幸福感に満たされた作品が多く生まれる。
そんな中、戦争、革命前夜の混乱に巻き込まれる。ユダヤ人排斥、襲撃。
祖国の新しい芸術環境の創造のために情熱を注いだ数年間は、失意に終わる。


再びパリへ。
1922年ベルリンに着いたときには、画家としての評価が高まっていた。
ドイツで最初に評価を得た。
その後パリでも評価が高まっていき、家族との安定した生活も相まって、
幸福で優美な洗練された作品が生まれる。

1930年代、ナチス台頭。33年、ドイツのマンハイムで、
シャガールの作品が退廃芸術として焼かれる。35年、ポーランドで、ユダヤ人迫害を目にする。
アメリカへ。

アメリカでは、暗く陰惨な作品が多く生まれる。
1944年、ベラ急死。翌春まで筆が持てなかった。

1948年にはフランスへ戻る。名声は不動のものとなる。
戦後は平穏な彼の人生も、1985年、97歳で幕を閉じた。




シャガールが常に描いたのは、自身の内面世界。
愛に満ちれば、優美に。
憎しみや不安があれば、グロテスクに。


***
絵を辿れば、彼の当時の精神が見えてくるんだなぁ。
いかにも人間らしい人。
愛するベラの死と故郷を戦争に獲られた精神的苦痛は想像するにかたくない。

読んでいて、その独特の色彩に惹かれるのは、幸福感に満ちているからなんだと気付いた。
だから、暗い雰囲気のものはあまり好きではないんだろう。
***


好きな絵を。


・婚礼

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「花嫁よ、思え。君を待ち受けるものを。」
このことばを聞くと、ぼくの首はそっと体から離れ、魚を料理している台所に行って泣いた。
---マルク・シャガール「わが回想」より

この言葉が完璧すぎる。




・詩人あるいは3時半

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題名をつけたのは彼の友人で詩人のサンドラル。
絵とともに非常に美しく、神秘に満ちている印象。



・ヴァイオリン弾き

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夜の訪れとともに、不思議で陽気な音楽が幕を開けそうな雰囲気。



・誕生日

marc-chagall-birthday.jpg

昔、globeが好きで、彼らがテレビ番組としてシャガールの絵に触れるドキュメンタリーみたいなものがあり、
それを観たのがシャガールを好きになったきっかけであり、
この1枚はなんとなく頭の中にこびりついて、既にはがす事ができなくなっている。

globeもこの絵にインスパイアされて曲を作っていた。(Inspired from red & blueという曲)
宙に浮かんで逆さにキス、というフレーズがいつまでも記憶に残る。
愛が溢れて止まらなくなる。



・エッフェル塔の夫婦

chagall1.jpg

その朱色。幸福しかない。
妖精の緑も素敵。

「血は虹色になり 胸は高鳴る」








もっと深く知りたくなった。
いつか、一枚は家に彼の絵を飾りたい。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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