スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

恋愛の微醺 (林 芙美子)

renainobikun.jpg




恋愛は生れながらにして悲劇なのだろう。悲劇でもよいから、せめて浪漫的な恋をとおもうが、すでに、世の中はせち辛くなっていてお互いの経済の事がまず胸に来る。

恋愛を悲劇にしてしまうのは、恋愛に甘くなるからだろう。正直になろうとしたり、その恋愛に純粋になろうとすることは、さしさわりのない人間同士の間のことだ。未婚の男女の恋愛には、既婚者のように徹するような思慮があるだろうか。私は解らなくなってしまう。

ふしだらな事かも知れないけれども、この世にあふれている無数の夫婦者の中に、こんな気持ちのない夫婦者はおそらく一人もありはしないだろう。一人の処女が結婚をして、初めてよその男に恋をするのは、あれはどうした事なのだろうか。見合結婚をして、一人の男の経験が済むと、何か一足とびに違った世界に眼がとどいてゆく。良人の友達の中に、あるかなきかの恋情を寄せてみたりする場合もある。そのあるかなきかの恋情は、ほんの浮気のていどで、家庭を不幸にするものじゃないとおもうがどうでしょうか

交通の整理された恋愛は、悪いことだとはおもわない。

十代の女の恋愛には、飛ぶ雲のような淡さがあり、二十代の女の恋愛には計算がともない、三十代の女には何か惨酷なものがあるような気がする。

恋人に逢った翌る日は、てきめんに生活が豊富になると云うのだ。

懶惰で無気力な恋愛がある。仕事の峠に立った、中年のひとたちの恋愛はおおかたこれだ。

恋愛と云うものは、この空気のなかにどんな波動で飛んでいるのか知らないけれども、男が女がこの波動にぶちあたると、花が肥料を貰ったように生々として来る。幼ない頃の恋愛は、まだ根が小さく青いので、心残りな、食べかけの皿をとってゆかれたような切ない恋愛の記憶を残すものだ。老けた女のひとに出逢うと、娘の頃にせめていまのようなこころがあったらどんなによかったでしょうと云う。だから、心残りのないように。




年代別の恋愛のたとえが面白いし、ウマイです。40代、50代、60代も教えて欲しい。。。
スポンサーサイト

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://forbookbloghiro.blog.fc2.com/tb.php/324-82ae36a2

Comment

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

Profile

Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

Category

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。