スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小酒井不木氏スケッチ (国枝 史郎)

kokuedasi.jpg




もし又大道で商売った為に、ほんとに高貴性が失われるようなら、それは買手の罪では無く、その知識や芸術が、時代錯誤をしていたからさ。罪は却って高踏派にあるよ」と。尚私は進言する。「人間に関係ある一切の物は、大道商売をすることに由って、真価を発揮することが出来るのだよ」と。更に私はこんなようにも云う。「特に高踏派に属するものは、大道に商売う必要があるよ。いかに今日の大衆なるものが智的に情操的に進歩しているか、それを知ることが出来ようからね」と。

氏の社会観、人生観、文芸観というようなものは、氏の口からは聞くことが出来ない。そういう質問をする毎に、「まだ定まっていないのです」

氏は飽迄も自分自身を、アマチュアを以て任じて居られる。で氏は時々云われるのである。「苦労人の作った苦心の作を、どうしてアマチュアの身分を以て、悪く云うことが出来ましょうか」と。

自説を述べられる時だからである。しかし然ういう場合にも、極わめて婉曲な云い廻わし方をされる。「こう書籍にありました」「斯うある人が云って居ります」つまりこんなように云われるのである。これは露骨な自己拡張を、欲しない人の態度である。

広い額だということは、氏が博士だという事に由って、非常に合理的に解釈出来よう。狭い額の人間など、往々例外はあるにしても、先ず滅多に博士には成れない。





小酒井不木氏を尊敬する著者が書いた小酒井氏について。
ぼくは小酒井氏について何も知らないですが、その控えめで美しい態度は尊敬。
ぼくもいつか言えるようになりたいです。「まだ定まっていないのです」。なんて。
かっこよすぎますよね。

スポンサーサイト

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://forbookbloghiro.blog.fc2.com/tb.php/290-88f0cc8e

Comment

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

Profile

Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

Category

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。