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或る少女の死まで (室生 犀星)

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僕はあの子供の顔を見た瞬間、いきなり花のようなものを投げつけられたような気がしたのだ。

ふじ子の肖像で殆んどあのやさしい呼吸をしているかと思われるほど、底からな表情をくみ取って描かれていた。

私はこの金魚というものの、どこか病的な、虚偽な色彩のようなものを好まなかった。その娼婦のように長い尾や鰭に何かしら人間と共通な、わけても娼婦などと一しょなもののあるのが嫌いであった。ときには、汚なくさえ感じた。

「君は生活のらくな連中を見ると、どんな気がする。」「その存在はその人にとって運命だからね。羨望もなければ特別な愛もない。しかし、僕らのように貧しいものは決してあの連中に劣らないという自信を強くするね。」と私は答えた。

「そうだね。余りに清浄なものと、余りに涜れたものの相違は、ときとすると人間の隔離を遠くするね。」

あのふじ子さんという女の子を見ていると、僕らと人間の種類が異っているような気がするね。」

ぶしつけな、機械を取扱うような固い検事の物の言いかたも不快であった

おしろいがチョオクのように乾いていて、すこしもあぶら気のない顔であった。それは醜いといえば極端に醜くかった

彼女は明るいつやつやした目で私を見上げた。誰でも一度は、この子のように美しい透明な瞳をしている時期があるものだ。五つ六つころから十六、七時代までの目の美しさ、その澄みわたった透明さは、まるで、その精神のきれいさをそっくり現わしているものだ。すこしも他からそこなわれない美だ。内の内な生命のむき出しにされた輝きだ。

人はみな自分の内によくないものを持っている。

そして人間が大きくなると何という獣に近い兇暴になることであろうと感じたにちがいないと思った

ぐったりした餅のように乱次のないからだ

どこの家もみな深く睡り込んで、それがいかにも幸福な、私にかかわっていない平和な睡りであるように思われた。

私は烈しい後悔のために、自分の生涯を汚したような気がした

下駄のように粗雑な感じの男

こうした酒場にありがちな、だらしのない飲み仲間が得て出来るもの




貧しさが自信になるなんて昔は考えたことがなかった。もちろん人それぞれ考え方は違うのだけれど。
でも、貧しさが傍にいるともっと頑張ろうと思えるからありがたくもありますよね。


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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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