スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

詩とはなにか (山之口 貘)

sitohananika.jpg




北川冬彦は「なぜ詩を書くか、私にとっては、現実の与えるショックが私に詩を書かせるのだ、というより外はない」といい、高橋新吉は「自然の排泄に任すのである」といい、村野四郎は「私は詩の世界にただ魅力を感じるから詩を書きます」というのであり、深尾須磨子は「私が存在するゆえに私は詩を書く」といい、田中冬二は「私はつくりたいから、つくるまでであると答えたい」とのこと

文明のどこにも人間はばたついてゐて

詩人がどんなに詩人でも 未だに食はねば生きられないほどのそれは非文化的な文明

ぼくの経験によると、人間は生きていると、あっちもこっちもかゆい

詩人としてのぼくの仕合わせは、たとえ詩を書く資格がないにしても、詩を書かずにはいられないというそのこと

なんのために詩を書くのかと問われても、それらの答えは、灰皿やマッチみたいに、すぐに出せるものではないからなのである。つまりは、詩とはなにかといわれても、詩の定義はむずかしくたとえばある詩人によると、詩は叫びであるというのである。そうかとおもうとある詩人は、詩は怒りであるというのである。また詩は美であるというのもある。あるいは、散文であっても小説であっても、あの特定の審美的情緒を感じさせるものがあれば、それを詩といってもよいという風なのもある。また、詩は批評であるとするものもある。
またある詩人は、精神のある状態の記録であると説明する。そしてまたある詩人は、詩は経験であるというのである。またある詩人にとって、詩は美や真実をもとめる人間感情の純粋な表現であるという。ある詩人は、詩は青春であるともいうのである。数えあげると、おそらく詩人の数ほどいろいろあるに違いないのである。






本当にやりたいことって、資格がなくてもやらずにはいられないことなんだ、と。

スポンサーサイト

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://forbookbloghiro.blog.fc2.com/tb.php/273-03735a71

Comment

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

Profile

Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

Category

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。