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蟹工船 (小林 多喜二)

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そして、「組織」「闘争」――この初めて知った偉大な経験を担って、漁夫、年若い雑夫等が、警察の門から色々な労働の層へ、それぞれ入り込んで行ったということ。

そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!

「俺達には、俺達しか、味方が無えんだな。始めて分った」「帝国軍艦だなんて、大きな事を云ったって大金持の手先でねえか、国民の味方? おかしいや、糞喰らえだ!」

、俺達がこの一夏ここで働いて、それで一体どの位金が入ってくる。ところが、金持はこの船一艘で純手取り四、五十万円ッて金をせしめるんだ。

――今、殺されているんでねえか。小刻みによ。

湯灌をしてやるために、着物を解いてやると、身体からは、胸がムカーッとする臭気がきた。そして無気味な真白い、平べったい虱が周章ててゾロゾロと走り出した。鱗形に垢のついた身体全体は、まるで松の幹が転がっているようだった。胸は、肋骨が一つ一つムキ出しに出ていた。脚気がひどくなってから、自由に歩けなかったので、小便などはその場でもらしたらしく、一面ひどい臭気だった。褌もシャツも赭黒く色が変って、つまみ上げると、硫酸でもかけたように、ボロボロにくずれそうだった。臍の窪みには、垢とゴミが一杯につまって、臍は見えなかった。肛門の周りには、糞がすっかり乾いて、粘土のようにこびりついていた。

共同便所の中にあるような猥褻な落書

そして、ただ、無性に帰りたかった。

彼等はその何処からでも、陸にある「自家」の匂いをかぎ取ろうとした。乳臭い子供の匂いや、妻のムッとくる膚の臭いを探がした。

中積船は漁夫や船員を「女」よりも夢中にした。この船だけは塩ッ臭くない、――函館の匂いがしていた。何カ月も、何百日も踏みしめたことのない、あの動かない「土」の匂いがしていた。

その日、監督は鶏冠をピンと立てた喧嘩鶏のように、工場を廻って歩いていた。

大部分は監督にそう云われると日本人はやはり偉いんだ、という気にされた。そして自分達の毎日の残虐な苦しさが、何か「英雄的」なものに見え、それがせめても皆を慰めさせた。

監督も、雑夫長も病人には、継子にでも対するようにジリジリと陰険だった。

子供が汚い手をすぐ着物に拭くように、袢天の裾にぬぐう

どの坑夫も、長く監獄に入れられた人のように、艶のない黄色くむくんだ、始終ボンヤリした顔をしていた。日光の不足と、炭塵と、有毒ガスを含んだ空気と、温度と気圧の異常とで、眼に見えて身体がおかしくなってゆく。「七、八年も坑夫をしていれば、凡そ四、五年間位は打ッ続けに真暗闇の底にいて、一度だって太陽を拝まなかったことになる、四、五年も!」

「マグロ」の刺身のような労働者の肉片が、坑道の壁を幾重にも幾重にも丈夫にして行った。都会から離れていることを好い都合にして、此処でもやはり「ゾッ」とすることが行われていた。トロッコで運んでくる石炭の中に拇指や小指がバラバラに、ねばって交ってくることがある。女や子供はそんな事には然し眉を動かしてはならなかった。そう「慣らされていた」彼等は無表情に、それを次の持場まで押してゆく。――その石炭が巨大な機械を、資本家の「利潤」のために動かした。


鉱山でも同じだった。――新しい山に坑道を掘る。そこにどんな瓦斯が出るか、どんな飛んでもない変化が起るか、それを調べあげて一つの確針をつかむのに、資本家は「モルモット」より安く買える「労働者」を、乃木軍神がやったと同じ方法で、入り代り、立ち代り雑作なく使い捨てた。鼻紙より無雑作に!

内地では、労働者が「横平」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓されつくして、行詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪をのばした。其処では、彼等は朝鮮や、台湾の殖民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。然し、誰も、何んとも云えない事を、資本家はハッキリ呑み込んでいた。「国道開たく」「鉄道敷設」の土工部屋では、虱より無雑作に土方がタタき殺された。虐使に堪えられなくて逃亡する。それが捕まると、棒杭にしばりつけて置いて、馬の後足で蹴らせたり、裏庭で土佐犬に噛み殺させたりする。それを、しかも皆の目の前でやってみせるのだ。肋骨が胸の中で折れるボクッとこもった音をきいて、「人間でない」土方さえ思わず顔を抑えるものがいた。

皆はハッキリした焦点もなしに、怒りッぽくなっていた。

「どうしたら、ええんだ!」――終いに、そう云って、勃起している睾丸を握りながら、裸で起き上ってきた。大きな身体の漁夫の、そうするのを見ると、身体のしまる、何か凄惨な気さえした。度胆を抜かれた学生は、眼だけで隅の方から、それを見ていた。 夢精をするのが何人もいた。誰もいない時、たまらなくなって自涜をするものもいた。――棚の隅にカタのついた汚れた猿又や褌が、しめっぽく、すえた臭いをして円められていた。

漁夫達はだんだん内からむくれ上ってくる性慾に悩まされ出してきていた。四カ月も、五カ月も不自然に、この頑丈な男達が「女」から離されていた。――函館で買った女の話や、露骨な女の陰部の話が、夜になると、きまって出た。一枚の春画がボサボサに紙に毛が立つほど、何度も、何度もグルグル廻された。

蟹の甲殻の片を時々ふむらしく、その音がした。 ひそめた声が聞こえてきた。 漁夫の眼が慣れてくると、それが分ってきた。十四、五の雑夫に漁夫が何か云っているのだった。何を話しているのかは分らなかった。後向きになっている雑夫は、時々イヤ、イヤをしている子供のように、すねているように、向きをかえていた。それにつれて、漁夫もその通り向きをかえた。それが少しの間続いた。漁夫は思わず(そんな風だった)高い声を出した。が、すぐ低く、早口に何か云った。と、いきなり雑夫を抱きすくめてしまった。喧嘩だナ、と思った。着物で口を抑えられた「むふ、むふ……」という息声だけが、一寸の間聞えていた。然し、そのまま動かなくなった。――その瞬間だった。柔かい靄の中に、雑夫の二本の足がローソクのように浮かんだ。下半分が、すっかり裸になってしまっている。それから雑夫はそのまま蹲んだ。と、その上に、漁夫が蟇のように覆いかぶさった。それだけが「眼の前」で、短かい――グッと咽喉につかえる瞬間に行われた。見ていた漁夫は、思わず眼をそらした。酔わされたような、撲ぐられたような興奮をワクワクと感じた。

それは聞いている方の頭が、かえってごじゃごじゃになってしまうような、順序の狂った日本語だった。言葉と言葉が酔払いのように、散り散りによろめいていた。

漁夫は何時でも「安々と」死ぬ覚悟をすることに「慣らされて」いた。

その情景は、漁夫達の胸を、眼のあたり見ていられない凄さで、えぐり刻んだ。

「やっぱし炭山と変らないで、死ぬ思いばしないと、生きられないなんてな。――瓦斯も恐ッかねど、波もおっかねしな」

唇の色が青インキをつけたように、ハッキリ死んでいた。

蟹工船は「工船」(工場船)であって、「航船」ではない。だから航海法は適用されなかった。二十年の間も繋ぎッ放しになって、沈没させることしかどうにもならないヨロヨロな「梅毒患者」のような船が、恥かしげもなく、上べだけの濃化粧をほどこされて、函館へ廻ってきた。日露戦争で、「名誉にも」ビッコにされ、魚のハラワタのように放って置かれた病院船や運送船が、幽霊よりも影のうすい姿を現わした。

蟹工船はどれもボロ船だった。労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。資本主義がきまりきった所だけの利潤では行き詰まり、金利が下がって、金がダブついてくると、「文字通り」どんな事でもするし、どんな所へでも、死物狂いで血路を求め出してくる。そこへもってきて、船一艘でマンマと何拾万円が手に入る蟹工船、――彼等の夢中になるのは無理がない。








久々に無茶苦茶おもしろいと感じた本でした。
この蟹工船の中で行われる残虐な監督の半殺人行為(ほぼ殺人行為)は、
心理学の研究として一般人を空の刑務所に集め、彼らを看守役と囚人役に分けて
一週間生活をさせるという映画「es」を思い出させました。
非常に限られた、隔離された空間の中で、服従関係は人の心を縛り上げ、普通の感覚を麻痺させていくのですが、
この本はそれに近いと思いました。並々ならぬ興奮感がそこらへんの本にはないのでした。


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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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