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「別居」について (伊藤 野枝)

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そういう安易な日が続くことは自分にも慣れてきて、たいていはその平和に油断をしていました

出来るだけ完全な自分の道を歩こう

そうして、その情実を無理に退けて進むには、私はあまりに多くの未練と愛着を過去の生活に持ち過ぎました。

自分自身について深く考えたときに、私のその不幸が決して本当の不幸でなく、そしてまた苦しんだことが無駄でないということ、そういう境遇によって、いくらか自分の歩く道にも相違が出来たこと、その他いろいろな事を考えて、かえってその方が私には幸福だったと思うことは出来ますが、そして子供の上にも同じ考えは持ちたいと思いますが、しかし母親としての本能的な愛の前には、その理屈は決して無条件では通りませんでした。私は子供のために、すべてを忍ぼうとしました。

私の心はすべての事に向っておちつきを失い、かき乱された生活をどう整えるかという事に当惑しきっていました。そうしてそういう状態が長く続きました。それがとうとう惰性を持つようになりました。

最初に、二人の感情が不意にぶっつかったときには、私は、非常に自分の態度に不快を感じました。そうして、私はそれを冗談として取り消してしまおうと思いました。けれども、私は現在の自分を振り返って見ましたとき、それを単純に取り消してしまうつもりになってすましてはいられませんでした。辻に対する私の持っているというその愛にその時始めて疑いを持ちました。

それまでのいろいろな事に対する苦悶が多かっただけ、私は家を出たその日からすべての事に何の未練も残さずにすみました。永い間私を苦しめた功利的な醜い心遣いもなくなりました。私は今、何の後悔も持たないでいられることを非常に心持よく思います。

吸収するだけのものを吸収し、与えるものを与えて、それでお互いの生活を豊富にすることが、すべてだと思いましたときに、私は始めて私達の関係がはっきりしました。 たとえ大杉さんに幾人の愛人が同時にあろうとも、私は私だけの物を与えて、ほしいものだけのものをとり得て、それで自分の生活が拡がってゆければ、私には満足して自分の行くべき道にいそしんでいられるのだと思います。






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Hiro

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