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醜い家鴨の子 (アンデルセン ハンス・クリスチャン)

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見っともないという理由で馬鹿にされた彼、それが今はどの鳥よりも美しいと云われているのではありませんか。

その白鳥は、今となってみると、今まで悲しみや苦しみにさんざん出遭った事が喜ばしい事だったという気持にもなるのでした。そのためにかえって今自分とり囲んでいる幸福を人一倍楽しむ事が出来るからです。


子家鴨は急に水面に飛び下り、美しい白鳥の方に、泳いで行きました。すると、向うでは、この新しくやって来た者をちらっと見ると、すぐ翼を拡げて急いで近づいて来ました。「さあ殺してくれ。」と、可哀そうな鳥は言って頭を水の上に垂れ、じっと殺されるのを待ち構えました。 が、その時、鳥が自分のすぐ下に澄んでいる水の中に見つけたものは何でしたろう。それこそ自分の姿ではありませんか。けれどもそれがどうでしょう、もう決して今はあのくすぶった灰色の、見るのも厭になる様な前の姿ではないのです。いかにも上品で美しい白鳥なのです。百姓家の裏庭で、家鴨の巣の中に生れようとも、それが白鳥の卵から孵る以上、鳥の生れつきには何のかかわりもないのでした。

自分もあんなに可愛らしかったらなあとは、しきりに考えました。

いや、僕はもうどうしてもまた外の世界に出なくちゃいられない。

「僕は見っともなくて全く有難い事だった。犬さえ噛みつかないんだからねえ。」

母親さえ、しまいには、ああこんな子なら生れない方がよっぽど幸だったと思う様になりました。仲間の家鴨からは突かれ、鶏っ子からは羽でぶたれ、裏庭の鳥達に食物を持って来る娘からは足で蹴られるのです。

そこでみんなはくつろいで、気の向いた様にふるまいました。けれども、あの一番おしまいに殻から出た、そしてぶきりょうな顔付きの子家鴨は、他の家鴨やら、その他そこに飼われている鳥達みんなからまで、噛みつかれたり、突きのめされたり、いろいろからかわれたのでした。そしてこんな有様はそれから毎日続いたばかりでなく、日に増しそれがひどくなるのでした。兄弟までこの哀れな子家鴨に無慈悲に辛く当って、「ほんとに見っともない奴、猫にでもとっ捕った方がいいや。」






有名なお話ですが今回読んで感じたのは、

「人も動物も自分と違うものを差別しがちであること」
「劣等感が人生に良い影響を及ぼすことも多いこと」
「自分と違うものに憧れても生まれたときから自分は自分でしかないこと」
「傷みを知るだけ弱く、それ以上に強くなれること」

でしょうか。


そう思うと、なんと見事なストーリーかと思いました。
子どもたちがどこまでこの物語を深く受け入れるのかは分からないのですが、
むしろ大人に読んで、考えて欲しい内容だと思いました。(上から目線ですいません)
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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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