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吾輩は猫である (夏目 漱石)

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さすがの名作。

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人間というものは時間を潰すために強いて口を運動させて、おかしくもない事を笑ったり、面白くもない事を嬉しがったりするほかに能もない者だと思った。

近頃は外出する勇気もない。何だか世間が慵うく感ぜらるる。主人に劣らぬほどの無性猫となった。主人が書斎にのみ閉じ籠っているのを人が失恋だ失恋だと評するのも無理はないと思うようになった。

だんだん人間から同情を寄せらるるに従って、己が猫である事はようやく忘却してくる。猫よりはいつの間にか人間の方へ接近して来たような心持になって、

不用意の際に人の懐中を抜くのがスリで、不用意の際に人の胸中を釣るのが探偵だ。

どうせ死ぬなら、どうして死んだらよかろう。

人間はただ眼前の習慣に迷わされて、根本の原理を忘れるものだから気をつけないと駄目

今の人の考ではいっしょにいるから夫婦だと思ってる。それが大きな了見違いさ。

また夫の思い通りになるような妻なら妻じゃない人形だからね。

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

死ぬのが万物の定業で、生きていてもあんまり役に立たないなら、早く死ぬだけが賢こいかも知れない。諸先生の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。油断をすると猫もそんな窮屈な世に生れなくてはならなくなる。

猫だって飲めば陽気にならん事もあるまい。どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。何でも命のあるうちにしておく事だ。

思い切って飲んで見ろと、勢よく舌を入れてぴちゃぴちゃやって見ると驚いた。何だか舌の先を針でさされたようにぴりりとした。人間は何の酔興でこんな腐ったものを飲むのかわからないが、猫にはとても飲み切れない。どうしても猫とビールは性が合わない。

人間は口癖のように良薬口に苦しと言って風邪などをひくと、顔をしかめて変なものを飲む。飲むから癒るのか、癒るのに飲むのか、今まで疑問であったがちょうどいい幸だ。この問題をビールで解決してやろう。

次第にからだが暖かになる。眼のふちがぽうっとする。耳がほてる。歌がうたいたくなる。猫じゃ猫じゃが踊りたくなる。主人も迷亭も独仙も糞を食えと云う気になる。金田のじいさんを引掻いてやりたくなる。妻君の鼻を食い欠きたくなる。いろいろになる。最後にふらふらと立ちたくなる。起ったらよたよたあるきたくなる。こいつは面白いとそとへ出たくなる。出ると御月様今晩はと挨拶したくなる。どうも愉快だ。

ただ楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。

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なんといっても猫側から見る人間の描写がとってもとってもおもしろかったです。
猫ってこんな風に人間を見てるんだなぁなんてちゃんと思えちゃうから、やっぱり著者は天才的なのです。
そして「吾輩」の愛嬌さったらありませんでした。なんてキュート。

途中途中で人間に関する(そして猫にも通じる)真理を述べるこの「吾輩」はやはり只者ではないのではなんて
思いますが、ラストの展開は驚いてしまいました。なんだか悔しい!


なにはともあれ、すごく良い本でした。
さすがの名作なのでありました。



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Hiro

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