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味覚馬鹿 (北大路 魯山人)

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美味いもの食いの道楽は健康への投資と心得よ。


食事の時間がきたら食事をするという人がある。食事の時間だから食べるのではなく、腹が空ったから食べるのでなければ、美味しくはない。美味しいと思わぬものは、栄養にはならぬ。美味しいものは必ず栄養になる。

料理というと、とかく食べ物だけに捉われるが、食べ物以外のこれらの美術も人間にとって欠くことの出来ない栄養物なんだから、大いに気を配ることが肝心だ。

絵でも、書でも、せいぜい趣味の高いものに越したことはない。これまた心の栄養で、人間をつくる上の大切な肥料なんだから。

料理を美味く食わすという点からいえば、同じものでもよい器に容れる。景色のよいところで食うことが望ましい。叶わぬまでも、なるべくそういうふうにする心がけが必要である。アパートでも、部屋をよい趣味で整えて食事をする。そういう心掛けが、料理を美味くする秘訣だ。ただ食うだけというのではなく、美的な雰囲気にも気を配る。これが結局はまた料理を美味くする。

鶏でも年老ったのは不味い。卵を生む前のが美味い。

材料を見分ける力をまずつけること

「人はその食するところのもの」と、ブリア・サヴァラン(『味覚の生理学』の著者)はいっている。その人の生活と、大きく考えれば人生に対する態度が窺われる。

高いものは食えない、料理の工夫は知らない、旧慣をあり難いものにして、自分たちはこれでよいのだとあきらめているからである

万人が日常食とするお惣菜料理の大部分は、あきらめの料理

栄養栄養と、この流行に災いされ、栄養薬を食って栄養食の生活なりと、
履き違えをしているらしい。


料理は悟ることだよ、拵えることではないんだ

そういえば、台所道具がどこの家もなっていない。よく切れるいい庖丁、大根おろし、わけてもかつおぶしを削る鉋のごとき、どれも清潔で、おのおの充分の用に耐えるべき品が用意されていないように思う。

ほんとうに美味いものを食べたいと思う食通は、まず飯を吟味しなくてはならぬ。飯のよしあし、また飯と平行して、煮だしこぶのよしあし、これを果してどのくらい知っている人があるだろうか?

飽きるところから新しい料理は生まれる。

低級な食器にあまんじている者は、それだけの料理しかなし得ない。こんな料理で育てられた人間は、それだけの人間にしかなり得ない。

美味なれば必ず栄養が存する。

現今の料理は美趣味が欠如している。











食器に対する思いがすごく僕にとってはおもしろかったです。
安物の食器でもちょっとオシャレな感じであればいいだろう、なんて思っていたからです。
いわば食器を軽視していたのです。なんと哀れな自分。


「絵でも、書でも、せいぜい趣味の高いものに越したことはない。
 これまた心の栄養で、人間をつくる上の大切な肥料なんだから。」

というフレーズが胸に焼きつきました。一流の肥料を蒔いて一流の人間をつくってみたいものです。

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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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