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布・ひと・出逢い : 植田いつ子

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服づくりを通して、人生のきらめきを心豊かにつづる。



・布に逆らわず、生きていくことにも優しくありたい

・服装は人そのものではありませんが、やはり着手を表現するものであり、
 着手の美意識や生活感覚を問われるもの

・服はあくまでも輸入文化ですが、その造形フォルムのなかに、私は私なりの
 日本人の心情、美意識を取り入れて生きたい

・外国の方からよく注目されるもののひとつに、ぼかし染めがあります。
 着物の絵羽の感覚でデザインをし、染めております。
 振袖や留袖の絵羽の感覚技術は、日本のすぐれた美意識が生み出したもの

・ケープは、女性の衣裳として、とても優雅でクラシックなロマンがあり、美しい

・人は生まれた土地の風景から離れることが出来ない

・子供の頃の思い出は、嬉しかったことより、怖かったことや、哀しかったことが
 より強く脳裏に刻み込まれるのでしょうか。

・あのにぎやかな祭りの華やぎのあとに来る哀感

・遊び道具ひとつ自分で作らなければ、何もない環境と、充たされない思いが、
 ひょっとしたら、私をものづくりの人間にしたのではないだろうか

・美しかった森の都は、無残な姿をさらし、そのなかで、火傷した半死の赤ん坊を
 抱きしめ、放心状態で立ち尽くす母親の姿


・ただその日一日、空襲がなく終わってくれればいい。
 8月15日、終戦を告げるラジオ放送を聴いた父の目と、あまりに暑く、正常な
 思考を停止させるような太陽の烈しさだけを記憶しています。
 でも、夜がきて、空襲のたびごとに家中の電気をおおっていた目隠しがはずされて、
 一斉に電球に灯が点ったときのうれしさ。今の時代とは比べようもない、貧弱な
 光だったはずなのに、電気の明るさ、ありがたさにただ感謝したものでした。
 「これからは誰にも気兼ねせず、電気をつけてよいのだ・・・」

・日本人のすべてが、つらい地獄絵のなかで、黙々と、ひたむきに生きていた

・空襲の後で、ついさきほどまで隣にいたはずの人が死んでいたような現実
 いつも死と隣り合わせの日常の生活のなかでは、小さな胸を痛めるばかりで
 何も出てこないのでした。

・「何か、美しいものを創る仕事をしたい」

・先生が口癖のようにおっしゃったことは、服のフォルムの大切さでした。
 「人間の体は、本来丸いものです。服はその体の上に立体的な型をつくり、
 人体を基にした造型性と、着て動くという機能性を大切にし、人体、そして
 精神までも一致したものでなければいけない・
・・。」と。

・昭和20年代も終わりに近づくと、終戦直後の混乱期は脱し、それなりの落ち着きを
 取り戻しつつありました。でも、それは、うわべだけで、あらゆるものが雑居した
 まま、世の流れは不気味に胎動していました。

・日本人のものさしは、一見、なにげないように視えてきちんと計算され、
 最後に少しだけくずすという感覚。全体のバランスを微妙にくずすという日本人の
 美意識に、より人間らしさを感じる。

・西洋の文化の表すことと、日本の隠すこと。
 西洋の生命の謳歌と、日本の抑制の美意識。

・「私は日本人なのだ」「日本人でしかありえないんだから、日本人であることから
 出発すればよいのだ」という、あたりまえのことに気付いた。

・世界中が西欧人の創りだした洋服を国際服として着るのが現代ならば、
 その合理性、機能性などの良さ、服の定型は、完璧なまでに借りるけれど、
 内にこもる目に見えない精神は、日本の心で盛り上げる。そういうデザイナーで
 ありたい。

・服を縫うのも、布を裁つのも、すべて人間性のあらわれであり、こわいくらい厳しく
 正直にその人を見せるものです。
 すべての仕事に共通することですが、少しの弁解もせず、柔らかななかにも厳しく、
 絶えず磨きをかけつづける努力と精進をしてこそと思います。


・「私はね、思い切り泣くだけ泣いたら、綺麗にお化粧して、一番いい着物を着て、
 裏から外の通りへ出て行けばいいんです。いい男はいくらでもいますよ」

現在の自分の生活と遊離せず、自分を失わず、社会の流れも無視せず、
 夢を忘れず、あたりまえでありながら、なお個性的でありたい、生きる喜びを
 分かち合いたい・・・。
 そして装うことが、よりよく生きること、美しいことにつながる
のでしょうか。
 面白おかしく誇張された空しい外側の流行に惑わされず、内なる自分の声に
 素直でありたいと思います。

・欧米の立っている土壌と文化から生まれた、欧米のありかたや表現とは微妙に違う
 微妙に違うことから出発することが、より自然な姿ではないでしょうか?
 そして、そのことが真のインターナショナルに通じるのでは

・人間の目に見えるものと、見えないものとがっ混然と融和し、人柄とか雰囲気までを、
 布という素材で形にあらわす作業が「服を創る」ということ

・世界中、どの国にもすばらしい美の遺産があります。その奥深さ、重さに敬意を
 持ちつつも、日本の美意識を誇りに重い、大切にしていきたい

・過剰なデザイン、饒舌な色は、出来るだけ避けて着ないこと。
 精一杯の服には、あまりにも言葉が多すぎて、語りすぎ、着る人の人間性は
 かき消されてしまいます。


・柔らかい布だけではつくりおおせぬ、人と世との橋渡しの役が服飾にはある。

感受性の動脈硬化こそ、もっともこわいもの。
 美に対して敏感であれば、醜に対しても敏感に反応すべきです。




1976年以来、著者は皇后さまのデザイナーも務めておられるそうで、
やはり一流のなかの一流の人であると、本を読んで思いました。

文体からもその上品さというか気質が顕著に出ており、それでいて情熱がある。
最上の女性の一人であると感じました。


向田邦子さんとの交流の話もとても面白かったのですが、
やはり一番は著者と服との対話というか、服に対する想いを知ることでした。

「すべての仕事に共通することですが、少しの弁解もせず、柔らかななかにも厳しく、
 絶えず磨きをかけつづける努力と精進をしてこそと思います。」

そうおっしゃる著者は、生粋の仕事人だと思わずにはいられませんでした。

こんな方に少しでも近づけるように生きてみたいと思いました。





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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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