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泥まみれの死 沢田教一ベトナム写真集 : 沢田サタ

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戦争写真家沢田教一が示すのは本当の戦場。



・ボート・ピープル…国外脱出のおびただしいベトナム人

・「戦争を教えるにしても、私自身が戦争を知らない。
  その本当の姿をわからせるのは、戦場の写真だけなのだ」(小学校教師)

・戦場の写真とは、私たちの周囲でそうそう見ることができるわけではない。
 そのことが案外に気付かれていない。

・取材への嗅覚と、危険への慎重さを併せ持った沢田

・沢田は平服のまま射殺された



・昭和11年2月22日、沢田教一は青森市に生まれた。

・東京が1兆円投資のオリンピックでわいていたとき、ベトナムでは
 クーデターにつぐクーデターで、政局の不安は極に達し泥沼化

・一番印象を深くしたのは、(ベトナムの)町の人々のこの戦争に対する関心が
 全くといっていいほどなく、その日の生活に精一杯だということ。

・週給80ドル、命がけの取材には安すぎる報酬であった

・早暁4時から始まる軍事行動が、午後8時まで続き、さすがに3日目にはメモ帳に
 「病」の一字を書きこむだけになる。

・戦場では自分で自分を守ることが、お互いの生命を保護しあうことになる。
 新参の従軍カメラマンがジャングルでストロボフラッシュをたいたため、
 兵隊に袋叩きにあったりするのは決してアクシデントではない。
 経験を積んだカメラマンは金属光を発するカメラを嫌い、すべて黒で統一する
 ほど徹底している。

・「安全への逃避」(ピュリッツアー賞受賞)
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やっと岸に上がった女は、恐怖のあまり顔を伏せていた。
 その髪から水がしたたり落ちる。傍で子どもがあくびをする。

・「敵を連れて」(第10回世界報道写真展ニュース写真部門第2位 '66)
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・大先輩が沢田に握手の手を差し出してくれたとき、彼は自分の選んだ道をもう
 引き返せないことを感じたにちがいない。

・「こん畜生」兵隊がそう叫んでM-16を2回発射。そのとき敵の狙撃兵の
 銃弾が彼の左目を打ち抜き、その後頭部がふくれあがったかと見る間に裂けてしまっ
 た

・片手のこぶしをふりあげても、もう一方の手は握手のために残しておくー
 それが戦争かもしれない。和平の動きがどう進められているかも知らず、若い
 兵士は来る日来る日も死んでいく。戦いの正義よりも、誰が貧乏くじを
 引くかが問題なのだ。

・戦場の取材でいちばん難しいのは、引きどき

・「死神に見放された男」

・おそらく夕方、2人は帰途だったろう。プノンペン南34キロ地点で、激しい銃撃
 にあう。穴だらけになった自動車から少し離れた草むらにフロシュの身体、そのさき
 数メートルのところで、沢田は眼を虚空に向けていた。胸に4発、首に2発の銃弾を
 受けていた。34歳だった。彼のカメラはなくなっていた。

・サイゴン。かつてフランス人によって建設された”東洋の小さなパリ”。75年の
 解放でホーチミン市と変更されるまで旧南ベトナムの首都だった都市。
 1963年、ゴ・ディン・ディエムの圧政に、路上で、仏教僧侶(ティック・クアン・ドック)が抗議の焼身自殺を敢行する写真が大きな衝撃を与え(サイゴン(現・ホーチミン市)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。

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彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でも蓮華坐を続け、一切苦悶の表情や声を出さず(一般的に焼身自殺は口腔内の酸素も焼き、肺や喉を焼き爛れさせるため激痛で暴れ回るのが常である)、絶命するまでその姿を崩さなかった。その姿はカメラを通じて全世界に放映された。この衝撃的な事件が世界中に放映され、国内の仏教徒だけでなく世界中の反戦主義者に大きな影響を与えることとなった。 from wikipedia)、そして11月のディエム暗殺のあと、相次ぐクーデターがおきる

・沢田は勇気の人だった。つまり、われわれ大半のものよりも恐怖を押隠すのが
 巧みだった。

・世の中には、他の人よりも注意深くしていられる人間がいるものなのだ。

・自然の人間が持つ一幅の美

・もともとが楽天家の私ですが、彼の亡くなったあの一年は、朝起きるたびに
 何度となく大声をあげたい日が続きました。
 ものを想うことから一切逃れたかったのでしょう。(妻・サタ夫人)

・「真実は現場にしかない」といい続けた沢田



戦争の犠牲になった子どもを見て、悲しみ嘆く親の姿の写真があり、涙が出た。
人間は、何をやってるんだろう。
傷つけ合うために生まれてきたわけじゃないのに。


どの写真も、真実しか写っていない。
それがぼくには、とてつもなく恐ろしくて、同時に、哀れに思った。
「戦場写真家」という仕事も、あてのない「戦争」も。
世の中に不必要だから。



焼身自殺をした僧侶の方の写真が、何が世界を震わせるのか、気付かせるのかを
ぼくに教えてくれた。
意味のない死なんてないはずだけど、彼の死は意味のありすぎる死のように思う。
感謝の意を込めたい。


戦争なんて本当にこの世からはやくなくなってしまえばいいのに。

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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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