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看護婦が見つめた人間が死ぬということ :宮子あずさ

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看護婦の目で見つめた死。





・死の瞬間、さまざまな思いが胸をよぎりながらも、残される身内の方の悲しみを
 思うと、言葉をのみこんでしまいます。そして気のきいた言葉など言うゆとりは
 ありません。はたから見れば、さぞ事務的に仕事をしているように見えているこ
 とであろうと思いつつも、それ以上のことは、できないのです。

・多くの人が死そのもの以上に、老いて寝たきりになることを恐れています。
 「死ぬならぽっくりいきたいわ。願いはそれだけ」

・先が見えているからこそ、人間は人に尽くせる。
 多少自分を犠牲にもできる。

・歩けるようになったらという空手形を出すことによって、”家に帰れないのはあなた 
 が歩けるようにならないからよ”と責任転嫁するずるさ

・すべての子どもが親の老後をどう援助するかについては、自分の問題として
 考えなければ、まずい

・逃げの姿勢で、できない言い訳を並べるのではなく、”自分にはどこまでできるか”を
 それぞれが持ち寄る姿勢で話し合えば、もう少し話が進むのではないかなぁ

・自分たちの関係が試される時期に入ったと腹をくくって、親の老いとつき合うこと

・最後まで意識がはっきりとしていて、きちんと何かを言い残して死ねること自体が、
 非常にまれ。肺がんで亡くなった人のほとんどは、耐えられない息苦しさをとるため
 にモルヒネを使って意識を落としたり、そうでなければ脳への転移で意識が落ちたり
 と、最後の段階ではもうろうとされていました。

・肺がんは脳への転移のほか、骨にも転移しやすい

・苦痛が人格を変える

・夫や子どものために自分の人生の多くを犠牲にしてきた年配の女性の心の奥底には、
 純粋に夫の死を悲しめない何かが存在する場合がある

・病院にいると、だんだん自分が社会から忘れられていく気がする。

・抗がん剤の主な副作用の一つとして、白血球の減少。これが起こると弱い細菌にも
 体がやられてしまう

・看護婦として、というより人間として、役にも立てない気休めしか言えず、
 それに対して相手が気を使って慰められたふりをしてくれるくらい、無力感を
 覚えることはありません。

・うめいたり、けいれんをするだけ。おそらく彼に意識があれば、彼が父として、夫
 としても、もっとも見せたくない姿だったに違いない。

・自分ががんだと嘆いている人でも、晩御飯においしいものが出れば喜ぶ。
 そんな人間の、素朴な強さに触れる時、私はこの仕事についてよかったと、
 心から思う。

・独立したふたつのがんにかかることをダブルキャンサー

・抗がん剤・放射線はそれ自体が発がん性を持つ

・人間は平等かもしれんが、人間の運命は不平等なんだ。

・看護婦はほかの職業に比べて、宗教と出会う機会は多いといえる

・「自分が死ぬなら何の病気がいいか、絶対避けたい病気は何か」
 ぽっくり願望は看護婦の間にも根強い。肺がんと膵臓がんは、避けたい。
 肺がんは、モルヒネで痛みが取れても、肺に息が入っていかない息苦しさは、
 多くの場合いかんともしがたい。そして膵臓がんは、その痛みが強烈な場合が多い。
 膵臓が炎症を起こすと、大変な痛みがある。

・「僕はまるで、不幸にねらいうちされているみたいだ」

・人間は死ぬに際して、自分の意志をどうやって通すべきなのでしょうか。

・看護婦仲間で、これだけはなりたくない病気の一つに糖尿病がある。
 長年の高血糖で血管が傷んでしまい、さまざまな合併症をきたしている方が多い。
 知覚が鈍り、足が腐ってしまった人。透析を受けるようになった人。目が見えなくな
 った人。

・「大丈夫?」その問いがいかに無意味であろうとわかっていても、息子さんは
 そうたずねることしかできない。

・十年前、初めての入院のときに付き添っていた夫は、今は彼女の傍らにいません。
 これは、長い病歴の女性にはありがちの経過

・人間の醜さ、弱さを否が応にもかいま見るこの仕事では、看護婦同士の
 内輪話は、欠かせないもの。すべてを心に秘めていては、気持ちのほうが続かない。

・嫌でも患者さんのプライバシーに立ち入らざるを得ない場面がままあるのです。

・日ごろ身内の介護をなすり合う場面を見ることが少なくない私たち

・患者さんは、自分の病気が何なのか、とストレートに聞いてくることはまずない。

・女性に多い慢性関節リウマチは、ほとんどの場合、苦痛は強くとも生命には
 関わらない病気。まれに生命を脅かす例があり、それを悪性リウマチという。
 その症状を抑えるために、長期にわたって使用するステロイドホルモンのために、
 顔が丸くなることをムーンフェイスという。

・人の弱さを受け止めるだけでなく、時にその弱さを見ないふりをすること。
 看護婦にとっては必要な態度。

・点滴を刺そうにも、枯れた身体には血管すら浮いてこない。

・しかし、職業的責任感から、誠実な医師ほど、一生懸命延命のための治療をしてしま
 いがち

・死ぬ人にとって死は哲学的。残されるものにとって死は現実的。

・口からものを食べることができない彼女は、点滴だけでその細くなった
 生命の火をともし続けていました。

・彼女の意識がなくなり、もう数時間であろうという時になって、夫が一晩彼女に
 付き添いました。しかしそのときも彼は腕時計をちらちらと見やっては、
 手持ちぶさたな風で、広くもない個室を行ったりきたり。彼は、看護婦に聞く。
 「まだですか?いつ頃ですか?」




ぼくは入院したことがない。大きな病院にかかった記憶もない。
だから、こんな本が必要だった。死についてよく考えさせられるから。

生と死に一番密接な職業の一つが看護師。
いつも自分には無理な職業だと思ってきた。だって、人の生きる喜び以上に、
死を見てしまうことがじぶんにとって、あまりにも重い出来事だと思うから。
だから、いつも病院で働く人には頭が下がる思いがある。


読んでみて、その思いはますます強くなった。
人間の醜いところを間近で見ることってどれほど辛いんだろうか。
ぼくみたいに、野菜と果物を売るみたいな仕事とは全く違う。
精神的にもひどく疲れるんだろうなぁ。
でも、それでも僕は看護師の仕事を楽しく思うし、誇りに思ってる、という女性を知っている。
それだけやりがいのある仕事なのは間違いないのだろう。


病院の中を満遍なく見学したような気持ちになった。
必要な本だと思う。



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Hiro

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読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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