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真逆の日本語(井上明美)

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氾濫している間違った日本語
1.テイクアウトの看板で  こちらのランチはすべてお持ち帰りできます
2.デパートの窓口で   こちらのカードでご利用できます
3.車内アナウンスで   こちらの座席ではインターネットがご利用できます、お使いできます
↑「お(ご)~できる」は、謙譲語だから、相手の好意に対して使うのは間違い。尊敬語に切り替える
1.こちらのランチはすべてお持ち帰りになれます
2.こちらのカードでご利用になれます
3.こちらの座席ではインターネットがご利用になれます、お使いになれます

「こちらはすべてお求めやすい価格になっております」
お求めになる、が尊敬語の正しい使い方。→お求めになりやすい価格

ご注文の品はお揃いになりましたか、にしてしまうと、品物がお揃いになる、ということで、品物に対しての敬語になる。
→ご注文の品は揃いましたでしょうか

・うちの部長に申し上げます→うちの部長に申します
自分の母や自分側の部長への事柄であっても、聞き手への丁重語として「申す」は使うことができるが、「申し上げる」は身内・自分には使えない

「わかりました」「了解しました」→「かしこまりました」「うけたまわりました」

「すいません」と「すみません」
本来は「すみません」が正しい

お疲れ様、でも、目上の人には「お疲れ様でございました」などとすれば、やや丁寧さも増す

こだわりのお店、こだわりの品→こだわるとは、つまらないことに気持ちがとらわれて、そのことに必要以上に気を遣うこと。本来の使い方は、「昔のことにこだわってばかりで」「いつまでもそんなことにこだわっていないで」など。最近は良い意味で使われるようになってきた。

文藝春秋の対談「私達の嫌いな日本語」
・こだわり
・生き様
・癒し
・~じゃないですか

・近年、より強調する言葉、強烈な響の言葉、大袈裟な感じすらする言葉が好まれる傾向にある
激辛、激安、ぶちギレ、ガン見、死ぬほど疲れた、めちゃめちゃ感動、めちゃかっこいい、はまりすぎ、衝撃受けまくり

・鳥肌が立つ→本来は不快や恐れを感じたときに使う。

役不足ですが、一生懸命頑張ります。 ☓
役不足とは、与えられた役目が実力とは不相応に軽い。実力が余る、実力の方が上だ、という意味

本来の使い方は、「役不足を訴える」

お暇ができたら ☓ → お手すきの折にでも / もし、お時間の空くことでもありましたら

「全然」は本来は、下に打ち消しの語を伴って、「ちっとも~でない」「まるで~でない」の意味に用いる言葉。
全然美味しい、全然OK → 間違い

煮詰まる→話し合いや計画などが、結論を出すべき最終の段階になる

目上の人に気に入られること
☓ お目にかなう
● お眼鏡にかなう

破天荒
☓ 豪快で大胆
● だれも成し得なかったことをすること

敷居が高い
☓ 高級すぎたり、上品すぎたり
● 相手に不義理などをしてしまい、行きにくい


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ぼくの小鳥ちゃん(江國香織)

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雪の町の匂いがした

ふりむくと、窓枠に小鳥ちゃんがおっこちてきた。不時着。

不満そうにぴちゅぴちゅ鳴いて

「ふうん、そうなの」
小鳥ちゃんは、さもばかにしたように言う

「そうはおもわないわ。あたしの好きなたべものはそういうのじゃないもの」
「もっとなめらかで、とろっとして、ラム酒の匂いがするの」
「ラム酒がかかってるの」

できるだけたくさんときどきにする

小鳥ちゃんの寝息は小さくてウエハースみたいにかるい。
寝息に合わせ、小鳥ちゃんの小さくてあたたかなからだはごくかすかに上下して、そのたびに掛け布団がわずかながらもちあがる。

散歩にでてるすでないかぎり、むろん小鳥ちゃんはデートにもついてくる。
「とうぜんでしょ」小鳥ちゃんはいう。
「あたしはあなたの小鳥ちゃんなんだから」

「身も心もかけねなしにからっぽっていうかんじ」
それで、ぼくらはその夜、かけねなしにおいしい中華料理をたべにいった

---あなたはうけいれすぎるのよ。
小鳥ちゃんはぼくの目をみずにそう言った。
----いけないことかな。
------ときどきとても淋しくなるの。

遺書 5人の若者が残した最期の言葉(制作:verb)

  • 2015/12/27 23:16
  • Category: verb
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「ぼうりょくではないけど、ぼうりょくよりもひさんだった かなしかった ぼくはすべて聞いていた」

9月19日から23日のページには、「ふみんんしょうで、ひるまねむく、夜眠れない」と書いてあった。ノートがボロボロになったのは、どうやら12月20日らしいということもわかった。この日、担任のコメントが、「表紙破れ応急措置はした。自分でしっかりやっておこう」

「やはり、公僕というのでしょうか。ことなかれ主義で、決して過ちを認めようとはしない。担任の先生にしろ、校長にしろ、絶対に1対1では話し合いの場に着こうとはしませんでした。」それに、同級生が在学中は絶対に異動しないようにお願いしていたんですが、卒業後はあっという間に関係のある先生全員が方々に飛ばされて行きました」

真相の究明を求める父親。それをかたくなに拒否する学校側

遺書から--- 死は決して恥ずかしいものではないのです。幕末史に名を残した若者、近きは三島由紀夫のように志の高いものは自殺しております。私もそのうちの一人と考えてください。

「大介が亡くなっていろんなことが変わってしまいました。私も昔は明るい性格だったんですけどね。それに以前は、秋の夕暮れが好きでした。でも、今は秋の夕暮れを見ると、悲しくなってくるんです」

準君は家から十数メートル離れた駐車場へと歩いて行った。そこには、父親が取り付けてくれたバスケットゴールがある。夜間でも練習できるように照明設備まで備えてある。3日前に父親と祖父が、風で倒れないようにと二人がかりで補強したばかりだから、人一人分の重さなら充分支えることができるはず。彼はロープを取り出し、バスケットゴールに結びつけた。そして、命をたった。

生きて当然、そう考えていた。乱暴な言い方をすれば、衣食住さえ面倒見れば、子どもなんて勝手に育つと思っていた。

●●せんぱいにおどされて8万円はらった
そして、あと4万円がはらえない。
かあちゃんやとうちゃんの金はぜんぶ
●●せんぱいにはらった
これいじょうははらえない。

あまりにも変わり果てていた。すでに血は拭き取られていたが、顔の半分は包帯で被われ、眼球を失ったまぶたは糸で縫い合わされていた。歯もなくなっていた。
見慣れているはずの顔は、ゴムボールのように膨れ上がり、9階から飛び降りた衝撃を無残に伝えていた。

夢の中で会うときには、少しはにかんだような笑顔だけど、この前の夢のなかでは、顔をクチャクチャにして満面の笑顔だったね。一緒にご飯を食べていて、秀太がとてもうれしそうに、おいしそうに食べているのを見て、お母さんもすごく嬉しくなって、「一緒にご飯を食べれて本当に幸せだね。」って言ったら、涙がポロポロこぼれてきて、目を覚ましたらやっぱりポロポロ泣いていた。

週に一度は一緒に行っていた焼き肉屋さん。東京に行ってからも、帰省するたびに行ったね。お母さんは、この店にだけは、今でも行けません。




もう切るわ(井上荒野)

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げらげら笑った

父が死ぬと、母はぷっつりちらし寿司を作らなくなった

筋肉からめためた

誰にも知らせる必要なんか無いのだ。自分のこの気持を、あたしはじゅうぶん信じることができるのだから

世の中にはどうしても死ぬわけにはいかない人間がいる。なんとなくわかるだろう。そういうやつらのためのルートを探せばいいんだ

「肉や油を抜いたって、美味しいもの、たくさんできるのよ。本を送ったでしょう、前に」
「いやなんだよ、ああいうのは。ちゃちな宗教みたいでさ」


葉と一緒に食べると何でも旨いんだよな。


その頃はほとんどうわ言しか言わなくなっていた夫が、今一度こちら側に戻ってきたように思えたのだった。

可愛らしさの匂い(光野桃)

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花を贈ったとき、その女性の本質がわかる
花束を渡されたときの、一瞬の表情
その花をどう扱うかでは、もっとわかる

中途半端な笑顔で、つくった笑顔で、愛されることだけを望んでいるーいまの日本にはそんな女性が、とても増えた気がする


きれいとか、美味しいとか、そのときの5感で感じる直感だけを頼りにしたい

彼女のまわりの空気は澄んでいる

無欲な人は清々しく、男性であっても女性であっても「男」度や「女」度が低いように思える。それは考えてみると多分中性的な要素ではないか

全身を一分のすきもなく飾り立てるようなおしゃれに間は存在しない

服と顔のみごとな一致。

顔は生まれたときから選ぶことはできない。選ぶことができる服装は、その人の来歴が示される。その意味では顔よりも雄弁かも

命の色

仕事場を訪れてくれる人の手に花束があると、ああ忙しいのに花屋さんに立ち寄って選んで作ってくれたのだなぁと嬉しくなる

シャツの美しさは後ろ姿にある

時計と、やはり靴。男の内面はこの2つに集約されて出る、と思う。装飾性の強い時計などを見ると、この人は自分の現状に満足していないのだろうな、と思ってしまう。

ここに訪ねてくる人をもてなしたいと思うとき、花を飾ることでしかできないもてなしがある。ただ美しい花。

男の内面は髪に出る

日本においては禿が、まだまだ市民権を得ていない。だから隠そうとする

女が無意識でいても可愛いのは25まで

一番怖いのはつくられた「男らしさ」「女らしさ」を信じること

Lonely Complex (唯川恵)

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結婚さえすれば、今胸に抱いている不満も不安もすべてが解決される。だって、OLから主婦になるのだって一種の転職でしょう。

こだわっていたのは、初任給と待遇、そして安定した企業かどうかということ。就職するということと、一生の仕事を選ぶ、ということは私の中ではまったく別物でした

恋がなくても、あなたの価値は変わりはしないのです

いい女になるには、いい恋がなければダメでしょうか。いいえ、私は関係ないと言い切ります。
恋によって”いい女”にしてもらうほど、女はヤワじゃありません。


恋は対等。同じ目の位置で相手と見つめ合うべきもの。自分だけが気を遣うなんて、それはもう恋とは呼べない。

恋をしたい、と口では言っているくせに、自分の中にもう恋愛する情熱がなくなっているのではないか
確かに、以前はストンと恋に落ちていたような気がします。

自己をアピールするってことは、みっともないことでも恥ずかしいことでもないんだから。
それをやることで、これぞという男が手に入れば万々歳じゃないですか。

釣った魚にも餌はいっぱいあげる。出し惜しみなんかしない。そこが男たちと違うところ。
(男はすぐやらなくなるでしょう。それって腹が立つと思いませんか)

シワさえも魅力的に見せるほど生き様が魅力的でなければならない

30歳に近づいた頃から、痛切に欲していたもの。「巣」
安心して寛げる自分自身の家族が欲しい

お見合い
いやぁ、日本には本当にありがたいものがあります。


お互い自分の都合を先にして、時間が空いたら会ってもいい。それが恋人同士のすること?
ない時間でもできるだけ都合をつけて会おうとする、できないなら声だけでも聞きたい、それが恋人同士じゃないの?

寂しさは影。
明るい光を浴びれば浴びるほど、色濃くくっきり浮かび上がってくる

私の寂しさは私だけのもの。
だったら自分でドアを開けて、王子様も幸福も、自分で探しに表に飛び出すしかありません。

私はここにいます。あなたには私が必要なのではないですかと、自分の足を一歩前に進めるのです。
私は寂しさというのは、とても高等な感情だと思っています。寂しさを知っていなければ、強くなれない。

妊娠カレンダー(小川洋子)

彼は、こんな分かりきったありふれたセリフを、いかにも親切そうに喋る癖があった

そこだけ時間の流れから沈殿したみたいにひそやかなの

二人は傷ついた小鳥のように寄り添い

演技しているようなきれいな泣き方

つわりはずぶ濡れのブラウスのように、じっとり彼女に貼り付いている

甘ったるいおもちゃみたいな言葉「クロワッサン」

「やまぶき色の果肉がガラスの破片みたいに何枚も何枚も薄く重なり合って、シャリシャリ音がする枇杷のシャーベット。枇杷のシャーベットが食べたいの」
「駄目。今じゃなきゃ駄目なの。頭の中が枇杷で一杯なの。息が苦しいくらい。このままじゃ眠れないわ」
「枇杷じゃなきゃ意味がないわ。枇杷の柔らかくてもろい皮とか、金色の産毛とか、淡い香りとかを求めてるの。わたしの中の妊娠が求めてるの。」

わたしは、破壊された姉の赤ん坊に会うために、新生児室に向かって歩き出した

向田邦子の遺言(向田和子)

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万一の場合、次のようにしてください、で始まる文書

「あなたには小料理屋をやってほしいの。女同士でも気軽に入れて飲み食いできる店って、案外少ないから、いけると思う。あなたは料理が上手だから、あなたの手持ちの料理でとりあえず始めても、やれるんじゃないかしら。お金は私が出すから、場所もいい、人気もいいところで、やりましょ。」

そもそも通帳というものを持っていないのだから貯金のしようもなかったのだ。3代目の江戸っ子で、ゼニは持たない主義であった。サラリーが安いこともあって、半端に貯金するくらいなら、自分自身にもとでをかけたほうがあとになって得なのよ。と、利いた風なことを言って、遊ぶほうに忙しかったのだ

おひろめ
蓮根のきんぴらや肉じゃがをおかずにいっぱい飲んで、おしまいにひと口カレーで仕上げをするー
ついでにお惣菜のおみやげを持って帰れるー
そんな店をつくりました、店は小造りですが味は手作り 雰囲気とお値段は極くお手軽になっております
ぜひ一度おはこび下さいまし


どの庭には何の木があり、何月頃にはどんな花をつけ、どんな匂いがするか、7年の間に覚えこみ、これが私のささやかな四季であった。

ありったけ泣いた

感動も何もない人生の青写真を作って、その通りに生きようという人間は、姉が最も軽蔑していた

あの麦藁手の茶碗でお茶漬けを食べたらおいしそうだな

鉛筆一本の細々とした稼ぎ

一日の24時間は速かったり、遅かったり、そのときによって違って感じられる。長い一生において、どんな人の時間でも、あるときは速く、あるときは遅く流れるのだ。だから、どこかで帳尻合わせができている。そのときどきで、あわてず、ゆっくり、見極めながら生きればいい。この歳になって初めて、気付いたことである。


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向田邦子さんは本当に生き方が素敵。家族想いで、「潔い」人だと感じました。
潔い人、ってやっぱり魅力的で、自分もこんな人に少しでも近づけたらいいなと思います。

そしたら、もっと人生たのしくなりそうです。

愛の試み(福永武彦)

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一体愛という言葉の語源には、 agape と eros との2つの言葉がある。アガペーは兄弟愛であり、エロースは欲望としての愛。
前者は静的、後者は動的。

孤独。それは弱さでもなんでもなく、生きることの本質的な地盤

絶望的な作品の真の効用は、読者がそれを追体験することによって、そのような種類の絶望を乗り越えさせる点にある。それは免疫ということに似ている。

赤ん坊の持つ孤独は人を微笑させる。

人が一般に自分の孤独に気がつくのは、自分の心に何ものかが欠け落ちているのを知るとき

ひとつの愛に夢中になった者には、それ以外の愛は眼に映らない

赤ん坊がひとり無心にたわむれているのは、その内部に自然に湧きだした愛が充足しているから

僕らは子どもの時に傷つけられた経験を何度も重ね、次第に孤独を意識しはじめる。エゴの不満足の状態

子どもが泣くように大人は泣くことができない。

恋を恋する

しかしどこに彼のための、ただ一人の、運命を約束した恋人がいるのだろうか。彼は多くの異性に会い、その一人ひとりに無意識の計算をし、ああでもないこうでもないと考える。小さな結晶作用が生まれては死ぬ。

愛し始めた人間は、客観的な時間とはまったく別の次元の中で、彼自身の時間を生き始める。

愛は二人が時間を合わせようとする努力の中にあり、しかも内部の時計はしばしば狂いやすいから、愛しあうことは一般に難しい

青春の緒(いとぐち)

初恋はおおむね、淡淡しく終わりやすい。それはこの経験が、まだ若々しい魂に孤独を認識させ、愛の可能性を示し、一時的に孤独から脱出する方法を教えることに、その使命を持っているから

花車(きゃしゃ)な肩

孤独は年齢とともに一層研ぎ澄まされていくだろう
しかし愛は単に可能性としてあるだけ

バルザック「人間喜劇」・・・「情熱は人類の全部である。情熱がなければ、宗教も、歴史も、小説も、芸術も、無益なものとなるだろう。」

スタンダール「恋愛論」・・・愛の発生について。7つの時期。
1.見とれる
2.キスをしたりされたりしたらどんなにいいだろうと考える
3.希望
4.愛が生まれる
5.最初の結晶作用
6.疑惑が生じる
7.第二の結晶作用


あやまりやすいのは、結婚という肉体の所有によって、相手の魂までも所有したように考えること。愛の完成が結婚ではんく、愛というものは二人の間に進行中なのだ

愛とはなんだろうか?それは相手の魂を、また相手の孤独を所有しようとする試み。

自らの孤独を恐れ、その空虚に耐え切れずにぜひともそれを埋めようとするが、それは自分自身後からではどうにもならないものだ。
愛は常に他者のためにあるので、自己のための力ではどうにもならない

「あいつの考えている人間は、現実のぼくじゃなくて、あいつの理想の男性としてのぼくなんだ。」

愛されることによって、自己の孤独を忘れ、傷跡を癒しながら、一方では相手を愛そうとする。いかにも虫のいい願い。

愛されることより愛することは百倍も尊いし、愛の本質はあくまで愛すること

憐憫、あるいは同情というものは、対象を愛している故に起こるものだが、そこには明らかにエゴの無意識の優越感があり、相手の孤独に対する余分のおせっかいがある。

嫉妬は、すべての孤独を自分一人で所有したいエゴイムスの表現。そこには愛することと同時に、愛されたい欲求が混じっていることを忘れてはならぬ

精神的な快楽は繰り返されることによって快楽として洗練され得るが、肉体的な快楽は繰り返されることによって効果を減じる
しかし精神的であれ肉体的であれ、人が愛に於いて求めるものは、まず快楽

愛がただ快楽のみを目的としている場合は、その快楽を純粋ならしめるために、愛は急激に燃焼しなければならない。すなわち、その快楽が錯覚

現代人は、奇妙に、愛を純粋な行為ー理知や精神のまったく干渉し得ない魂の行為として、認識することができない

愛はあふれだすもの

自己の孤独を顧みることはあっても、その孤独を埋めるために相手の愛を利用しようと考えてはならない。


自己の傷を癒やす前に、まず相手の孤独を癒やしてやろうと考えることが、愛を非利己的なものに高めて行くはず

自己の孤独の意識によって常に少しずつ愛の炎を冷まされながら、火の消えぬように保ち続けないといけない

お互いに人間らしい間違いをしばしば犯しても、なお許し合い、理解し合い、希望し合いながら、同じ道を歩んでいくものだ。相手が完璧でないことを知り、それ故に、一層深く愛する事ができるというのでないと

お互いに自己の理性的な判断を主張し合い、愛という共通の場の範囲内で、二人がその愛を正しく成長させるための方法を、遠慮すること無く論じ合う必要があると言いたいのだ

しかし自己の孤独を恐れることなく見つめ得る人間にとって、生は必ずや無限の可能性を含んでいるはずだ


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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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