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私のスタイルを探して : 光野桃

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買っても買っても着る服のない人のための本。



・おしゃれをするということが、ただ単純に幸福であり、喜びだった。
 そんな時代。

・スタイルを持つためにもっとも大切なこと、それは客観性
 自分の内面を知り、外見を把握し、その接点に似合う服を見つけ出す

ぼろは着てても心は錦----ファッションについて考えるとき、このフレーズ
 が浮かぶ。

・世界中のファッションが日本ほど一堂に会し、手に入る国はない。

・ファッションとはその人そのもの?

●「人は誰でも自分のことを、正確に相手に知ってもらいたいと思うのでは
 ないかしら。でも誰とでもじっくり話し込む機会があるというわけではな
 い。だから装いというのはとても大切。」


●ファッションとは、自分を表現したいという情熱の発露なのだ。
 自分が、ほかの誰でもない自分であることから出発して、それを
 慈しみながら磨き上げること。だからこそ、共感を呼び、人を魅了する



・「外見」とは自分の内面を端的に表現するもの

・自分のファッションを決めるには
 1内面 2外見 3将来どうなりたいのかという展望
 という3つの要素が必要なのだ。
 そのためにもまず、自分のベーシックを持っていた方がいい

・恋をして、自分のためだけの楽しみだったファッションが、相手に合わせ、
 相手に気に入られるものになろうと、方向を無理やり変えようとする
 車のように軋み始めた

●人がどう思うかより、人にどう思わせたいか。
 自分をどう表現したいかということなのだ。
 パッと見て、ああ、この人には何かある---と思わせるファッション。
 私の好きな色や形、私の信じてきたものごと、愛してきた時間、
 そういうさまざまなものを、すべて感じさせるようなファッションを
 着こなすことができたら


・独りよがりは美しくない。スタイルは他人の共感を呼ぶものでなければ

・「スタイルのある人」とは、結局自分のことをよくわかっている人、
 それを上手に気持ちよく伝える表現力を持っている人

・美しいもの、格好いいものへの憧れが人一倍強く、そのくせいつも自信が
 なく、コンプレックスの塊だった。

・内面と外見はそうそう一致しない。だからこそ、内面をきれいに反映させ
 つつ、かつ体型や顔立ち、全身の雰囲気を生かすファッションにたどり
 着くことがスタイル探しの意味

・外見におけるチェックで大切なことは部分で見ないこと。全体をイメージ
 で捉えること

●スタイルをみつける方法は、まず客観的に自分を知ること。そして次に、
 そうして知った自分を受け入れ、肯定すること、好きになること
 おしゃれとは自分を肯定するところからしか始まらない


・照れもなく、晴れ晴れと、自分を好きと言える人の幸福さ

・黒髪というのが、こんなにも洗練された知的な雰囲気を感じさせるもの
 だということ

・これだけものが溢れ、服装が多様化し、いくらでも自由に選べる時代に
 なっても「皆がはいているから、流行だからミニスカートをはきたい」と
 いう考えを持つこと自体、本当に自分を大切にしていないと思えてならな
 い

・自分のイメージ、「なりたい姿」に対する明確なヴィジョンを持っている
 人がほとんどいない。

・服でも指輪でも、鏡に映すときできるだけポーズをつけないということも
 心がけたいことのひとつ。日常的な姿勢で何気なく映してみるほうが
 似合うか似合わないかを正しく知ることができる。
 
・「人は誰でも、鏡の中に最も好きな自分を見る」


●センスとは、つまりは見ること、考えること。
 いつもと視点を変えさえすれば、見えなかった色、見えなかった形と形の
 気持ちよい組み合わせが見えてくる。そのときいいセンスへの芽が出る


・ただシンプル=おしゃれという思い込み

・おしゃれの根本は「プラス」することだと

●シンプルな装いをして本当に素敵に見える人たちは、皆、人一倍魅力的な
 顔や体を持ち、さらにそれを磨く努力を真摯に行ってきた人たちだ


・加えることの効果を知り尽くして、引くことの意味も見えてくるのでは

・まろやかな頬の輪郭や張りのある肌がなによりも生かされるのが、
 堅いコットンという素材

・エルメスのスカーフのような、なにものをも寄せ付けない風格の前には
 未成熟ゆえに曖昧な若い顔は負けてしまう。

●シャートゥースはインドの伝統的な手織りもので、高山地帯に住む
 ヒマラヤマウンテンゴートの毛を紡いで織られるそう。カシミアより
 ずっと高価


・なんというおしゃれなのだろう



光野さんの本を読んでから、自分の服装について考えることが以前より多くなった。
これは自分らしい、これは自分らしくない、っていうのが少しだけ見えてきた。


ちょうどこの本を読んでいた時期、去年着ていた服がぜんぜん今の自分に合う気がしなくて、
何を着ても落ち込んでいた時期だったので、相当救われた。

もっと自分を好きになろう、って思った。




「シンプルな装いをして本当に素敵に見える人たちは、皆、人一倍魅力的な
 顔や体を持ち、さらにそれを磨く努力を真摯に行ってきた人たちだ」


この言葉が一番印象に残った。
自分の周りにはそんな人も多いから、負けたくないなぁと思う。
頑張らないと!


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スタイル・ノート : 槇村さとる

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人気漫画家の著者のおしゃれのためのメモ。





・世間一般の価値で自分の人生や幸せが計れてしまうような錯覚。

・結局のところ、私の目指す「おしゃれ」とは、自分のそのときの雰囲気にしっくり
 くる装いのことだと自覚するようになった

・普段着がきちんとしたレベルを保っていると、ちょっとアレンジするだけで
 お呼ばれやお食事会にも着ていける。グレードアップされた普段着の数が増える
 ことで、洋服の着まわし頻度が格段に高くなった。パーティーのときも普段着に
 プラスαでスッキリ見せることができるようになり、結果、余計なお金もかからなく
 なった。

●気持ちがいい、居心地がいい、と思うその感覚こそ、ものを選ぶ際の目印だと思う


・着るものイコールコミュニケーションツール

・迷ったら買わない

●ほどほど似合うといったら誰だって黒もベージュも白もピンクも
 ほどほど似合う。でも「すっごく似合う!」というのがおしゃれ。
 そう考えるとすごくベージュの似合う人は案外少ない

・都内を歩いていると、印象に残る素敵な人がいるかというと、そうでもない。
 それなりだけど、目に留まらない。脳裏に焼きつくような、センスの光る人

・曲がっていくカラダをカバーしてくれるのが、きちんとしたフォルムの
 上質なジャケット

●「着ないものには陰の気がこもる。布は「縁」のもの、取っておくだけで
  縁遠くなる。


●洋服の整理方法
 すべての洋服を色別に吊る。吊っておけば今どれだけ洋服を持っているかいつも
 意識できる。逆にいうと、一定量の洋服に抑えることが容易









本を読み終わった後、さっそくベージュのセーターを取り出した。
何年も着てなかった理由は単純にどんな服がそれに合うか分からず、
なんとなく着てもいつも似合わなかったから。


でもこの本読んで挑戦してみたくなった。
どうやったらこのベージュが似合う自分になれるのかも考えてみて、
結局ブルーのジーンズに白のシャツを合わせると、なかなか様になっていた。
「あ、似合うじゃん。」って思った。


オシャレを力を抜いて楽しみたくさせてくれる本だった。
ベージュのすごく似合う人間になりたい!






美しく死ぬ そのための上手な生き方 : 宮原伸二

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良い死に方。




・死は生活の延長線上にあってほしい。生活から切り離されて「特別な死に
 場所」は、今までの生き方や人々との絆は失せて、死という時間の切り
 売りとなってしまう危険がある。その意味ではホスピスは場所ととらえる
 のではなく、支える理念としてとらえ、その理念に基づく支え方が在宅
 でも病院においても実現することができれば、それが最も望ましい死の在
 り方になるのではないでしょうか。

・自然死が人間らしい望ましい死に方という見方もありますが、医療の無い、
 無医地区によくみられた「野たれ死」

よりよい死は、よりよく生きること、できれば、美しく安らかに
 死ぬことができれば、そこに人間として一つの幸せがある


・3つの死。社会死、生活死、生物死。
 社会死、生活死になってから3年以上生きる人は1/2、5年以上生きる人は
1/3.

・病気そのものが遺伝するというより、病気になりやすい体質を遺伝すると
 考えたほうがよい

・私たちがガン予防、脳卒中予防、心臓病を予防するというのは、その発病
 を減らすということよりも、発病年齢を遅らせることに効果がある

●私たち人間は約60兆の細胞でできていて、寸時に分裂を繰り返しています
 が、その分裂の中で、毎日、3000から5000個のガン細胞ができている。
 ガンで死ぬ人は約30%で、残り70%は別の病気で亡くなる。
 毎日数千個のガン細胞ができても、免疫の力でガン細胞は死滅する。ガン
 細胞があることと、ガンを発病することは別問題であり、免疫の力が弱か
 ったり、免疫に異常がある人が「ガン」を発病する。
 最も免疫力を下げるのがストレス。免疫力が高ければ、万一ガンになって
 も進行を遅れさすことができる。免疫力を高めるには心のもちよう。
 一言でいえば、感動多き生活。
生きがいや、笑うことも免疫が上がると
 いわれている。

・認知症の末期になると外に出なくなり、廃用性の寝たきりになる。

・脳卒中の予防は、水(白湯)を寝る前にコップ一杯摂ること。つまり、
 体を脱水状態にしてはいけないということ。真水はほとんどが大腸から
 吸収されますので、寝る前に摂ると数時間後、つまり深夜の一番脱水
 になりやすい時間帯に大腸から吸収されます。

認知症の予防は、頭を使うこと、体を動かすことが一番。また、毎日の
 生活が単純になったり、孤独になるとなりやすい。

 アルツハイマー型痴呆の遺伝は数%。
 早期発見できれば、すべてに効くわけではないが治療薬がある。

日本人の価値観には、効率とか能率や金儲けに高い価値観を見出しがち。
 しかし、限られた命。競争ではなく、自分の持ち味をだして生きることが
 できたら
、心が豊かな日々となり心の健康がはかれるだろう。

●ノーマライゼーション・・・障害のある人が、障害の無い人の生活に
 限りなく近づくこと

・寝たきりになっても、本音としての「思いや願い」があること

・療養の場所を何処にするのか、どのような支え方を望むのか自分の意思
 を明確にすること

・過程を含め死ぬまでの期間を終末期(ターミナル)という

●今、死に行く時に、死は人生の完成だと思って迎えることができれば
 幸せなことと思います。何歳ということはなく、自分なりにしっかりと
 燃焼して、満足のいく死を迎えられれば自分の人生の完成としての死を
 迎えることができるのだと思う

・腎臓は心臓死の後約時間は生きている。ですから腎臓は亡くなった後、
 臓器移植ができます。皮膚は48時間、骨は72時間も生きている。
 爪や髪の毛だったら何日間は伸びます。

・臓器移植がなければ脳死という死は必要ない。心臓、肺は心臓が止まって、
 循環がなくなった時点で機能が失せるため、止まった後では移植できない。

・植物状態は、大脳の機能が著しく障害されている。しかし脳幹部は
 生きているから自分で呼吸し、自分の力で心臓は動く。

・脳死とは脳幹部の機能が失われること、または大脳を含めた脳全体が死ぬ
 こと。呼吸ができなくなる。

・脳死は全死亡の1%。だから人工呼吸器を持たない医療機関では
 脳死は存在しない。脳死状態になった人が人工呼吸器を着けなかったり、
 外したりすると直ちに呼吸が止まって、その後すぐ心臓死になる。
 たとえ、脳死で人工呼吸器を着けたとしても、長くて2週間、普通は
 1週間で心臓が止まり心臓死になる

●結局のところ脳死は全死亡の1%であり、そのほとんどは老人。臓器の
 働きは弱っており、臓器移植には適さない。さらにドナーカードを持って
 いても記入漏れがあったり、臓器移植は嫌だという人もいる。
 つまり、移植可能な脳死はほとんど出ない。一方、臓器移植を希望する人
 は、心臓、肝臓、肺臓含め数万人はいる。
 臓器移植に意義を感じる人はドナーカードでしっかり意思表示を
 しなければなりません。何もしなければ心臓死になる。

・インフォームドコンセントは、サービスの提供者が、わかりやすい言葉で
 よく説明をして、患者本人や家族が納得し、治療やケアの方法を理解して、
 自ら決定するという一連の流れ。説明、納得、同意、決定。
 しかし現実は、説得、納得になっている。納得どころか「はい。わかりま
 した。」といわざるを得ない環境

・アメリカではがん告知がほぼ100%される

●リビングウィルとは、終末期になって自らの希望を意思表示することが
 できなくなるような事態になったときに、前もって意思を文章に記してお
 く手段。

●終末期を考える市民の会が行っています「終末期の宣言書

・遠い未来に気持ちを導入して関心をはらうことはなかなか難しいこと。
 多くに人にとって「死」はこんな位置関係

・介護保険は上手に使うと価値がある。たとえば、福祉用具の貸し出しが
 ありますが、車椅子だったら1ヶ月個人負担700円くらいで借りられる。
 住宅改修も、介護保険適応で、一生に一回、20万までの住宅改修ができる。
 だが例えば娘の家から息子の家に住処が変わっても、もう一回住宅改修
 できる。また、要介護が3段階急に上がったら、もう一度住宅改修できる。
 豪勢な椅子の形をしたポータブルトイレも1割負担で介護保険で買える

●要介護1…身体障害では、かろうじて歩ける、杖をついて歩く。認知症
      では、周囲の人が明らかに普通の物忘れとは違うと気付くが
      注意すれば分かるという状態
 要介護3…入浴や排泄に介助が必要な状態、移動は車椅子による移動レベ
      ル。認知症は、徘徊や問題行動が出てくる状態
 要介護5…最重度。ベッド上か布団の上で寝たまま。生活すべてに要介護
      認知症では、記憶障害が激しく、会話がちぐはぐ、医療対応が
      必要

・ぜひ知っておきたいのは、介護保険ではなく医療保険で入れる療養型病床 
 群もあるということ。例えば喘息であってゼーゼー苦しいといっても介護
 保険の認定のとき、発作が無ければ非該当になる。あるいは要支援。
 そうすると介護保険の療養型病床群に入れない。でも実はそうではなくて、
 医師が診て喘息発作で入院が必要、しかも、ケア中心の対応でよいと
 思ったら医療の療養型病床群に入れる。

・死に場所になれるのは在宅や施設

●「死んだんか、Kは死んだんか」
 そうだと答えました。するとY君が「良かったなぁ」と。
 「だって僕よりも早くまともな人間に生まれ変わることができるから、
 良かったなぁ、早う死んで
」と言いました。
 「ハンサムでなくてもいい、不男でもいい、太っていても痩せていてもい
 い、僕は1回でもいいから人の前を歩いてみたい。自分の足で歩ける
 人間が普通の人間なんだ











この本で一番印象に残ったのはリビングウィルと、臓器移植について。

リビングウィルについて、ぜんぜん親と話してなかったから、いいきっかけになったし、
臓器移植カードをちゃんと持っておこうと思った。
自分の人生にもし価値を付加できるなら、それは脳死の後でもいい気がする。
あくまで自分は、だが。



タイトルの「美しく死ぬ」とは、幸せを感じながら死にいくとき、周りの人間も安心して死を見つめられるような
死に方なのかな、と思った。

「死への準備」日記 : 千葉敦子

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死へのジャーナリズム。


・会話というのは、もっとも知的刺激の強い日常活動なのだ。

・声を失うことは、一つの死を死ぬことなのだ

・私の病気は非常に深刻で、涙にくれている場合ではないのだ

・肉体的な苦しさに歯をくいしばって耐えている時間以外は、どうやって残された時間
 を意味あるものに使うか、だけを考えてきた

・日本人男性の女性蔑視は、人間に対する基本的な尊敬の念が欠如していることから
 きていると私は思う

・自分の妻や母親や娘や姉妹を、人間として尊敬していない男は、すべての差別に
 ついて鈍感だ。

●宗教の一番悪いところは、信仰を持って幸せを感じる人が、他人にそれを
 押しつけようとする点ではないか。


・身だしなみを整えて友人と一緒にレストランで食事ができるということは、
 進行癌の患者にとって、精神的にどれだけ貴重なことか

●あと何度食事をとれるか分からないという状況にあるからこそ、一食一食が祝い事
 のように感じられる。


・人類の歴史を振り返れば、だれでも謙虚な気持ちになるものなのだろう。

・日本人の入院日数の長いことは有名で、世界各国から奇異の目で見られている

●癌という病気は、ゆっくり休んでいれば治るものではない。
 少しでもできる間にやりたいこと、やるべきことをやらなければ、いつ
 命が終わるか分からないというのに。


・私の友人には、何人か、このような高いエネルギーのレベルを保ち、心の容量の
 大きい人がいる。こういう人と交わっていると、毎回学ぶことばかりだ。

・「わたしの夢見ていたのは、絶えず思考を挑発し、わたしたちがあまりに安易に
 既知のものだと考えがちな多くの観念を新しい光で照らしてくれるような知識」
 -竹内信夫訳[自死の日本史]

・絹は、なんといっても肌触りがよいのが魅力だが、軽くて、夏は涼しく、冬は温かく、
 丈夫でながもちする繊維だ。

●カトリックの聖職者の間にエイズがじわじわと広がりつつあり、各地で問題を引き起
 こしている。しかし、カトリックでは神父や修道士にセックスを禁じており、また同
 性愛を神の教えに背くものとして教えているため、聖職者の間にエイズ患者が出ては
 都合が悪いことこのうえない。

●エイズ患者は、カトリックの聖職者の場合は、想像を絶する苦しみなのだろう。
 死に至る病気にかかると同時に、それまで秘密に行っていた性生活と同性愛者である
 ことが両方とも明らかになってしまう。健康を失うだけでなく教会からも破門される
 ため、職を失い、信仰上のアイデンティティを失い、プライドを失い、社会的地位を
 失い、同僚からの支援でさえ失ってしまうことも多いらしい。

・私は多くの日本人が送っているような「建前」と「本音」のあるダブル・スタンダー
 ドの生き方を拒否してきた。

●日本のエイズ・パニックの様子がアメリカにも報道されているが、私の周囲のアメリ
 カ人は、日本人の大騒ぎぶりにあきれた顔だ。日本のエイズ患者数はアメリカの100
 分の1にも満たないのに、そして、その病気の感染ルートはきわめて限られていると
 いうのに、なぜ日本人はそんなに騒ぐのか。

●「日本人はどうして婚外関係にそんなに寛大なのか」「なぜ日本人の夫たちは、
 性産業の顧客であり得るのか」「どうして日本人の妻たちは黙っているのか」

●アメリカにももちろん売春産業はあるけれど、それはあくまでも旅行者のため、
 あるいは大都市に住む社会の底辺の一部階層のためのものであって、結婚している
 ふつうの男が娼婦を買うことはまずない。

●アメリカではこれから性の世界へはいっていく子供たちにエイズをどう教えるかが
 最大の問題点とみなされているが、日本では一人の娼婦がエイズで死んだことに
 大騒ぎしている。

●ロバート・ジャーヴィック医博「幸福な状態とか、気分のよさは、脳の働きによるも
 ので、生まれつき幸福になりやすい潜在性を持って生まれた人間と、そうでない人
 間がいる。ちょうど鬱状態になりやすい潜在性を持って生まれる人や、高いエネルギ
 ーを秘めて生まれる人がいるように。これらは脳の科学的、有機的機能と深くかかわ
 っている。幸福感と関係する、ある種の化学物質を出したり、受け取ったりすること
 が、よくできる人とよくできない人がいるようだ。」

●柳沢桂子博士の実感では、気力というものも、やはり物質的な基礎に立つもので、
 持ちたいと希望して持てるものではない、という。人それぞれに生まれついた気力の
 レベルがあり、高レベルの気力を持って生まれてきた人は、幸運というしかないらし
 い。


●アメリカの性格分析学によると人間は「定着型」と「移動型」に分かれるそう。
 定着型の人は、世界を、意味のある人々や物から成る「オブジェクト」と見、それら
 が恐ろしい、空っぽな空間によって引き離されていると見る。こういうオブジェクト
 が危険な世界から自分を守ってくれると期待する。安全だけが意味を持つ。
 移動型の人は、世界を親しみ深い広がりと見、そこに意味のある人々や物という
 危険なオブジェクトが点在していると見る。空っぽな空間を愛し、それを埋める
 オブジェクトを恐れる。他人に頼らず成功する自分の能力に過剰な自信を持ち、助け
 を求めない。他人を信用せず、他人に関心を持たない。自由だけが意味を持つ。


・個人の充実した一生よりも子孫繁栄に価値を置くアジア文化圏

●「闘争的ながら称賛し合い、論争的ながら敬意に満ちている」

・寝ている時間が長い生活で、陽を浴びながら寝ていられるというのは、本当に
 すてきなことだ。

・癌はなかなかよい病気だ。別れのときのための準備ができるからだ。

・精神生活のない、ただ動物として生きている苦しさは耐え難いものです。

・死に行く人が最も恐れているのは孤独な死であり、また、死に行く人と死について
 率直に語り合わなければ、その人はますます気分を落ち込ませることになろう。

●手を握り、好意を示し、賛辞をおくるべきなのだ。心に思うだけでなく口に出して、
 さようならを言うべきである。





誇り高く、強い女性だと思った。
声を失おうと、体が弱っていこうと、本の中で強さを貫いていた。
病気と闘い、時代と闘っていたように思う。


著者と一度お話させていただきたかった。
とても優れた女性。お亡くなりになられたのは非常に惜しいけど、
こんなにも優れた本を残してくださったのは感謝。


柳沢桂子博士の気力の話が一番印象に残った。
あぁ、そうかもしれない、と。



もっと多くの人に読んでほしい本でした。




キッチン : 吉本ばなな

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感性を刺激するロングベストセラー小説。






・私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
 どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事をつくる場所であれば私は
 つらくない。

・冷蔵庫のぶーんという音が、私を孤独な思考から守った。

・引越しは手間だ。パワーだ。

・この台所をひとめでとても愛した。

・言葉が生きた姿で目の前に新鮮にはじけた。

・私は台所を信じた。

・甘やかな色の青空

・しんとした淋しさがしみこんでいた。

・少しずつ、心に光や風が入って来ることがとても、うれしい。

●私は、2度とという言葉の持つ語感のおセンチさやこれからのことを限定する
 感じがあんまり好きじゃない。

●本当にひとり立ちしたい人は、何かを育てるといいのよね。子供とかさ、鉢植えとか
 ね。そうすると、自分の限界がわかるのよ。そこからが始まりなのよ。


・夢のキッチン。

・感情が翻訳できないうなずき方

・部屋は、秒を刻む時間を感じさせないほどにしんとして、私だけが生きて活動してい
 ることを申し訳なく思うような静止した雰囲気をかもし出していた。
 人が死んだ後の部屋はいつもこうだ。

・ろくでもないことと、普通の生活を同時進行できるくらいには私にはいやらしく
 大人になったが、確かに生きやすくなった。

・どうして私はこんなにも台所関係を愛しているのだろう

●彼女たちは幸せを生きている。どんなに学んでもその幸せの域を出ないように
 教育されている。その人はその人を生きるようにできている。
 幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。


・次の日に続くものがないんだ。

・死がしみこむ前に

●世界は別に私のためにあるわけじゃない。だから、いやなことがめぐってくる率は決
 して変わんない。自分では決められない。だから他のことはきっぱりと、むちゃくち
 ゃ明るくしたほうがいい、って。


・人は状況や外からの力に屈するんじゃない、内から負けがこんでくるんだわ

●人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。
 選ぶ瞬間を夢見ている、といった方が近いのかもしれない。私も、そうだった。
 しかし、今、知った。道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、
 くりかえす日々が自然と決めてしまうのだ。


・「どうして君とものを食うと、こんなに美味しいのかな。」
 「きっと、家族だからだよ。」

・思い出が思い出としてちゃんと見えるところまで、1日もはやく逃げ切りたかった。









この本って、吉本ばななさんの独特の感性で培われた哲学が詰まっていると思った。

物語の風景を自然と頭の中に繊細に描くことができる描写力はさすがの一言。

台所を見る目が少し変わる小説だった。




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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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