スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

死について考える : 遠藤周作

sinituite.jpg


著者が遺そうとした心優しいメッセージ。死への見解が変わる。




・案ずるよりは死ぬは易し

・人間は死を2回体験する、出産のときに死の体験の感覚を味わって、その次には
 本当の死を体験する

・美しく老いるというけれども、老年時代の現実は、決して美しいものではない

・「遠藤君、君はまだ若いからそんなこと考えたことないだろうけど、若いときは
  若さで生きていける、壮年まではまだ社会が大事にしてくれる、老年になって
  不要になったとき、どう美しく生きるかを今から考えておかなきゃ」

・上手に年をとるということは知識の量がふえて、しかも円熟した生き方をすること
 でしょう。

・死ぬときは死ぬがよし、といった一茶のように悟るのは大変

・セスブロン
 「ある人たちにとって死は虚無と取っ組みあうこと。別の人たちにとっては
  自己と対決すること。また別の人には神のうちに沈むこと。」

・ホスピス 末期がんの患者に肉体の治療とともに心の慰めを与えること

・末期癌の患者から
 「死ぬんでしょうか」
 →若い看護婦なら「死にやしませんよ。大丈夫です。」
 →聖母病院の婦長なら「本当に苦しいでしょうねぇ。いずれ私だって、おばあちゃん
  と同じようになるんですよ。」
  苦しみというものには、必ず辛い孤独感がある。末期癌の患者の孤独感を理解と
  連帯感によってやわらげてあげている

・一度死んで息をふきかえした蘇生者2万人を調査して知ったのですが、この人たちは
 死んだあと自分を愛してくれた人、自分が愛した人で、既に死んでしまった人たちと
 死の世界で会えた、という共通経験が多いんです。

・私が死ぬことに悦びをもし感ずるとしたら、死んだ母親や兄に会えるからです。

・実際に現場にいる者の倫理と、傍観者の倫理がぜんぜん違うので、それが医者にとっ
 て一番辛い

・癌になると、90%は癌だと思いながら、10%は癌と思いたくないという気持ちが
 働くそう

・一方に死なれて、そのショックから再起させるのがグリーフ・エデュケーション

・昼間は検査とか何やかやで気が紛れるけど、夜、9時になって消灯してから、
 患者の生活が終わって、人生がはじまる

・自分のからだはゆっくりゆっくり落下して行くのだが、とても気持ちがよく、
 何ともいえぬ心持のいいリズムで音が聞こえた。
 死ぬというのは恐いものではなく、こんなに気持ちのいいものなのか

・キューブラー・ロスは、もうひとつの世界があるというのは、宗教的観点から
 ではなく、そういう臨死体験をした人たちの経験談から確信するようになりました

・キューブラーは、死の世界にいくとき、慈愛に満ちた光に包まれると報告している

・生活は私の考えでは自分の心の奥底にあるもの、自分の人生の核になっているものを
 無視、軽視していなければなかなか成立しないもの。

・ガス室でたくさんの人間を殺したあと、その人間が音楽界にいって、モーツァルト
 なんかを聴いて楽しんでいるのです。そういう記録も残っているのです。

・私は、先祖はみな永遠の生命の中におられると思っていますので、先祖を拝むという
 ことは、永遠の生命の中に入ってしまった先祖に、
 「私もやがてそちらに行きます。また会えるのですね。」と言っていることだと思う

・中国では教師である先生を、老師と言うのは、「老」には敬意を表す意味があるから
 でしょう

・今は若い人たちにもお遍路さんが流行して、八十八ヶ所をまわっているようだけど、
 あれは一種の観光旅行です。

・定年とか、第二の人生とかいわれていますが、それは退却を転進といったのと
 似ているように思います。昔は隠居するということは次の世界を信じ、そこに
 向かう旅支度だったのです。隠居生活は今までの生活重点主義を捨てて人生を直視す
 ることだったのです。生活に心を集中していると、本当の人生がボヤけてしまう。

・作庭術。地上に露出している庭石は、石のほんの一部分だけで、地面の下には
 もっと大きな部分がかくれていることを庭師から聞いたことがある。そしてその
 根石があるために、地上に顔をみせている石の坐りも、落ち着きもいいのだ。

・死が身近になると、今まで気にもしなかったものがそれぞれ深い意味を持って
 話しかけてくる

・セスブロンの言葉
 「死というのは、たぶん、海みたいなものだろうな
  入っていくときはつめたいが、いったん中に入ってしまうと・・・」
 入っていくときはなはだ冷たい。冷たいから叫んだって、もがいたっていいんです。
 それが通過儀礼としての死の苦しみでしょう。しかしいったん入ってしまった海はー
 永遠の命の海で、その海には陽光がきらめくように、愛がきらめいている・・・。

・常に健康な者は病弱な人の気持ちが絶対に理解できないと私(大久保房男)は思ってい
 る。







死についての本。最近はそれについて考えることが多かったので、
本棚にあった前買ったこの本を手にとった。



とりわけ、キューブラー・ロス医師の内容が印象に残る。
他の著者の本でも何度も出てきたと思うのだけど、今回の読書でもうこの人の名前は忘れないと思う。




もし著者のいうように先祖はみな永遠の生命の中にいるのなら、
そこにどんな気持ちでいるのだろうかと考えた。

自分は、永遠はあまり好きではない。

何事も終わりがあるから、努力をするし、悲しみもする。それが美しさを創るのに、
死んだら永遠になるなんて、ぼくはなんだか嫌な気持ちになった。

でも、先述のキューブラー師が言うように、死ぬときあたたかい光に包まれるのなら、
永遠というのは、とても心地よいものなのかもしれない。






一度死んでみたい、と不謹慎ながら思わされた本だった。


スポンサーサイト

蝶々の纏足 : 山田詠美

04770185.jpg


少女が親友えり子から自由になろうとする術は男を愛すること。


・十六にして、私、人生を知り尽くした。

・私が何度舌で削り取っても、麦生の体には陽がさしていた。

・彼は必死に私に自分の「印象」を与えようとしていた。

・私をベッドの上に横たえた。そして、彼は教え始めた。

・音楽は低く部屋じゅうに流れて、フランス語の甘い歌詞は私と麦生の体の
 隙間で消えた。

・足の間に埋め込まれていくものは、私にとって既に必然となり始めていた。

・真摯な額たちと自堕落な腰。おどけた様子で組み合わされた四本の足。
 それらの付け根で湧くぬるま湯の泉。

・私が自分の足の間に手をやると、そこは洪水だった。

・もう、知らないことは何もなかった。

・私の体液を吸っている麦生の体は時間をかけたピクルスのように香ばしくて、
 私を満足させた。

・家のものはすべてが彼女の引き立て役になっているように私は感じた。

・えり子は、いつも綿菓子のような服を身につけ、それらは愛らしいものはこの色
 であるべきだという色をしているのだった。

・えり子に当たって反射した人の視線など私には必要ないのだ。

・私は自分で自分自身を誉めようとした。すると心臓は急激に膨れ上がり
 肋骨を軋ませる程だった。

・書くのじゃなかった。皆、遅れていたんだわ。あの手紙を許す程、大人じゃなかった
 のだ。所詮、あの少年は、私の手紙を受け取る資格などない男だったのだ。

・皆に紛れて笑いながら少年へのせつない気持ちを葬り、憎しみの結晶に層を重ねた。

・彼は、男と女の間に横たわるやるせない空気を理解する素質に恵まれている

・衣服を通り抜けて体を冷やすほどの雨の日

・彼の私への気持ちは空気を振動させて私の許に届く。

・男と女が結びつくのは当然の法則であるのに彼女たちは何故、大騒ぎするの

・私は彼の体を知らずにいったいどのように十六年を生き延びて来たのだろう。

・口を付け、味わい、そして噛み砕き、体の中に押し入れること。
 男の体って、まるで食べ物みたいだわ。

・味わいを持たない体液なら、いっそ意志を持たない雨の粒のほうがどんなに
 人を気持ちよくさせることか。

・あんたはいつも、私を、自分を人に認めさせる道具に使ったわ。私が、少しでも
 先に行こうとすると、いつも足を押さえて逃げられないようにした。
 私は何度も転げて助けを求めていたのよ。

・彼女は私を鳥籠の中の鳥をかわいがるように観賞していたのだ。

・悲しみが濃度をつけた重い大きな涙の粒がゆっくりと彼女の頬を伝って




小さい頃の友達の影響って結構強いと思う。
その友達が自分より優れていたら、尚更。

物語の主人公は、色でいえば寒色系で、地味な服装ばかりしていた子。
その「親友」として自分の都合のいいように彼女を扱ってきた派手な暖色系のえり子。

なんとなくこういう関係って、現実にもたくさんあるような気がした。

ずっとえり子に縛られてきた主人公は、えり子より先に男の愛を知ることで、
優越感を覚えるのだけど、なんとなく自分の過去をフラッシュバックしてしまった。



ぼくにも4歳くらいの頃から、近所に住む同い年の男の子がいて、
彼は容姿、頭脳、一直線な性格、すべてが優れていた。
そして僕は、泣き虫で、意地っ張りで、独りで遊ぶのがいつも好きな子だった。

彼をいつもうらやましく見ていた。それはぼくをますます弱くした。
その羨望の感情を素直に彼に打ち明けれれば良かったのだけど、
無理だった。隠れて黙っているだけ。

その子に勝ちたい、っていう思いはあったと思う。
今思えば、それって情けないことだと思うのだけれど、そのときは友達であり、僕の中では(あくまで僕の中で)
彼はライバルだったのだ。

結局その子とは、中学卒業を境に連絡が途絶えてしまったのだけれど、
今振り返れば、また会えたらと思う。
彼にひどいことも何度かしたし。それも僕なりに彼から優越感を得るための必死の行為だったのかもしれない。
会って謝れたらと思う。






山田さんの性表現は、今まで読んできた作家の中で、一番好きだ。
美しいほど官能的で、比喩がおもしろいから。



小さい頃の友達に、こんな僕でも愛してくれた友達、みんなになんとなく会いたくなった。

介護の達人 : 羽成幸子

30992630.jpg


家庭介護の心得。


・キクさんには人を介護した経験がありませんでした。これは、老いた人にとって
 マイナスの要因でもありました。自分の目で老いの現実を見ていない不幸は、
 自分自身の老いの認識を弱め、不安を強くします。

・家族介護の悩みや苦しみは、その立場になってみなくてはわからない深いものがあり、
 心の内の複雑さは計り知れないものがある

・介護する側される側、それぞれの人生のぶつかりあいが介護の現場なのです。

・介護道を歩いていくとたくさんの落とし穴がある。
 「どうして私だけが介護をやらなくちゃならないのよ」
 「どうして夫は少しも手伝ってくれないのよ」
 「夫の兄弟はどうして知らんぷりなの」
 「どうしておばあちゃんは私の言うことをきいてくれないの」

・介護は私の人生の一部にすぎないんだという考え方を

・この大変な介護も今日が最後かもしれない、と考えたら「なぜ私だけが」という
 思いからすーっと解放された

・介護を土俵と考える。一番つらくて孤独なのが「介護する川」。
 そこで「介護され山」が土俵いりしたならば、とにかく関係者全員を
 土俵に上げる。土俵に上がりさえすれば、関係者全員の意識だけでも
 介護に参加したことになる。

・キクさんの同居と介護が同時に始まったとき、介護という体験を自分の財産に
 しようと思った。介護しながらでも、自分の人生を意識した。

・介護中でも、介護を言い訳にしないで、自分の人生をしっかり見つめること。
 ストレス解消にカラオケに通うのと歌が好きだからカラオケに通うのとは、
 人生の広がりが違うと思う。

・私は便の処理をする裏方の「優しさ」を超える優しさはないと思う。ところが
 世間の人の多くが認識している優しさは、饅頭やお花をもって見舞いにいくこと。
 本物の優しさは、人の目に触れないところに隠れています。

・愛される老いの条件。ありがとうが素直に言えること。自分の弱さを潔くいえること。
 褒める力。生きる意志を持つこと。

・老いたからだを分けて考えてみてはどうか?
 「老いた”からだ”なんだからお漏らしするのは仕方がない」

・ただただ介護をしているだけでは、未来にいいことなど待っているはずがありません。

・一分一秒、自分の時間を抱きしめる

・長い人生を歩んできたお年よりは、その人として完成された人格を持つ私たちの先輩

・お年寄りと介護者の共通の問題である「死」について話すことは、同じ高さの
 目線で対話ができ、介護する人、される人の心がより近づくもの

・施設を利用することに抵抗を感じるのなら、要介護者は自分だと思うこと。

・人間の評価は肉体だけでするものではなく、年とともに成熟していく精神面をもっと
 重要視するべきなのです。年を重ねて思いやりが深くなったり、相手の気持ちを汲ん
 で対応できる人は、人間としてすばらしい

・私は「お年寄りに優しく」という言葉が嫌い。「人に優しく」が正解なのでは?

・誰も自分が介護を受ける立場になるとは想像しなかったのです。
 「多くの人は、人生の最後には、ウンチの世話にならなかったら死ねない」

・どんなに地位があっても、そしてどんなにお金があってもほとんどの人が
 下の世話になって死を迎える。

・要介護者がいつも小奇麗にしていると思えたら、介護者の時間とエネルギーが相当
 注がれている

・意思の疎通ができなくなる前に、してほしいこと、してほしくないことを側にいる
 介護者に伝えておくことは、介護者との信頼関係を深める大きなきっかけになる

・ものやお金をあげることには、やがて、限界がきます。

・ヘルパーさんには原則として利用者のお宅ではお茶はおろか水さえも飲んではいけな
 いという倫理規定があるそうです。

・そのお年寄りは、将来の自分の姿。そう思えば、お年寄りへの向き合い方も違って
 くるはず





ぼくは、介護の経験がない。
父方のおばあちゃんは、ぼくが幼い頃亡くなり、おじいちゃんはいつ死んだかも知らない。
母方のおじいちゃんとおばあちゃんは、病気こそ抱えど、県北で元気にブドウをつくりながら生きている。

父と母も今は元気。



この本を読んで、自分の未来を想像した。
介護をしている自分。介護されている両親。

果たして今の自分に介護できるのか。不安だった。
でも、介護しよう、と思う。というより、この本のおかげで思えた。

施設に預けることももちろん悪くない。けど、できたら近くにいてほしいもの。家族。
もしかしたら介護が必要になる前に両親が死ぬかもしれないし、ぼくが死ぬかもしれない。
誰にもそんなこと分かるわけないけど、
25歳、今、介護に対しての概念を変えることができて心から良かったと思う。

雨はコーラが飲めない : 江國香織

amehacoola.jpg


愛犬「雨」と著者の好む「音楽」のエッセイ。



・私たちは、よく一緒に音楽を聴きます。べつべつの思惑で、べつべつの気分で、
 でも一緒に音楽を聴くのです。

・基本的に、強烈なものがすきなのだ。犬の体温が人間の体温より高いことと、
 それは関係があるのかもしれない(し、ないのかもしれない)。

・カーリー・サイモンの小ざっぱりした歌い方は、それぞれの曲のオリジナルより
 よかったりもする。一曲ずつが、特別で小さな石みたい。

・雨は臆さず媚びていた。本気で。

・ベイシティローラーズのファンーーーチェックのえり巻きをまき、
 キットカットを毎日食べて太っていた

・どうしてだろう。クイーンのアルバムは、こっそり聴く。
 誰かが遊びに来てくれたときにかける音楽には絶対選ばない。

・たしかに草は野蛮だ。野蛮で傍若無人。ちょっと目をはなすと、そこらじゅうに
 生えて自由に王国をつくってしまう。

・シンニード・オコナーは好き。あの鍛えられた肉体とスキンヘッドのシンニードが
 消え入りそうに「Am I not your girl?」と歌うのなど聴くと、もうやられる。
 心細い少女を、彼女はあの鍛えられた身体のなかにひそませている

・メリー・コクランの声の魅力ーーウイスキーでうがいをして育ちました

・尾崎紀世彦「今・今・今」

・重要なのはパワーアップだと思う。年とともに技術をアップさせる人はたくさん
 いるけれど、パワーをアップさせられる人は少ない。

・ほっとくと、雨はすぐ使用後のモップみたいになるから。

・かわいそうに。ケモノなのに「歯磨きロープ」なんか食べさせられて、シャンプーの
 あとで「OH MY DOG(犬用オーデコロン)」なんかつけられちゃって、かわいそうに。

・秋になると、スザンヌ・ヴァガ的なものがほしくなる。

・「一緒がいいね。嬉しいね」

・歌詞には、さすがに時代が色濃く漂っている。「ナイスミドル」とか「お好きにせめ
 て」とか。

・雨にとって、空はたぶん遠すぎるのだ。

・ショーン・コネリーの声は、歌うというより語っていて、ひとつの物語みたいに
 美しい

・「まったりする」のにふさわしい音楽は何だろう、と考えて、スウィング・アウト・
  シスターを選んだ。あの気だるいーでも乾いた曲調とヴォーカル

・シャデーのジャジーは夜を思わせる。私はそのへんが苦手だ。
 やや重いというか、曲に寄りかかられるというか。
 スウィング・アウト・シスターは、しゃきっと立っている。

・リサ・ローブ。かわいいけれど温度の低い、意志的な、しっとりした声の魅力は
 あいかわらず

・音楽を聴くためには自分の人生がいる。
 勿論たいていの愉しみには人生がいるのだけれど、音楽の要求するそれが、いちばん
 根元的だなと思う。

・テープを作る、という行為を、最後にしたのはいつだっただろう。なつかしいけれど、
 いまそれをする熱意はないなぁ、と考える。

・なんとなく認めるのが不本意だが、私の場合、二十代前半は世界や他人に気を許せな
 いぶん、音楽や映画や小説に圧倒的に傾いていた。そのころになぐさめを与えてくれ
 た音楽は、いま聴くと、そのころとはたぶん違う意味で、しずかな勇気を与えてくれ
 る

・この数ヶ月で、雨はほとんど視力を失ってしまった。
 そして、私と雨は、もう目が合わない。

・世良公則のどこがいいかといえば、彼の声は楽器というよりいっそ音楽そのものだ。

・「世良さんのギターって礼儀正しいの」

・深夜2時の部屋のなかというのは、スタンダードのバラードを聴くのにぴったりの
 場所だ。

・清潔に甘い声をしたステイシー・ケント

・スタンダードというのはスタンダードだから安心なわけではちっともなく、
 聴くたびに、いっそびっくりするほど、ゼロから安心させてくれるものだから
 スタンダードなのだ

・「きちんとしているよね。名曲をぱりっとさせようとするなんて」

・雨には、でも誕生日という概念がない。誕生日を記念しないばかりじゃなく、
 理解もしない。

・私は言葉に依存しがち

・音楽も、言葉には依存しない。歌詞がいい、というのはいわば付加価値であって、
 音楽としての力には、それは関係のないことだ。

・朝の台所に、ケリ・ノーブルはとてもぴったりな感じだった。
 安定したピアノの音も、曲のためにあるみたいな声と言葉の空気感も。




それぞれの歌い手の形容の仕方がとってもおもしろい。
ぱりっと、とか、しゃきっと、とか。

たとえばスウィング・アウト・シスターの表現の仕方。
「そう!まさにそう!」と読みながら唸った。自分では言葉にできなかったから。

こうして考えると、音楽を文学的に捉えたことがなかったことに気付く。
だから読んでておもしろかった。



「雨」との触れ合いは、とても微笑ましい。
視力を失ってしまった雨と自分を冷静に慎ましく綴る著者の文に、
悲しい場面ではなく、あくまで日常的な匂いが漂っていて、そこがよかった。とてもやさしかった。


泥まみれの死 沢田教一ベトナム写真集 : 沢田サタ

doromamirenosi.jpg


戦争写真家沢田教一が示すのは本当の戦場。



・ボート・ピープル…国外脱出のおびただしいベトナム人

・「戦争を教えるにしても、私自身が戦争を知らない。
  その本当の姿をわからせるのは、戦場の写真だけなのだ」(小学校教師)

・戦場の写真とは、私たちの周囲でそうそう見ることができるわけではない。
 そのことが案外に気付かれていない。

・取材への嗅覚と、危険への慎重さを併せ持った沢田

・沢田は平服のまま射殺された



・昭和11年2月22日、沢田教一は青森市に生まれた。

・東京が1兆円投資のオリンピックでわいていたとき、ベトナムでは
 クーデターにつぐクーデターで、政局の不安は極に達し泥沼化

・一番印象を深くしたのは、(ベトナムの)町の人々のこの戦争に対する関心が
 全くといっていいほどなく、その日の生活に精一杯だということ。

・週給80ドル、命がけの取材には安すぎる報酬であった

・早暁4時から始まる軍事行動が、午後8時まで続き、さすがに3日目にはメモ帳に
 「病」の一字を書きこむだけになる。

・戦場では自分で自分を守ることが、お互いの生命を保護しあうことになる。
 新参の従軍カメラマンがジャングルでストロボフラッシュをたいたため、
 兵隊に袋叩きにあったりするのは決してアクシデントではない。
 経験を積んだカメラマンは金属光を発するカメラを嫌い、すべて黒で統一する
 ほど徹底している。

・「安全への逃避」(ピュリッツアー賞受賞)
 f8bafed5c4b8e089a301b5b3a35d86dd.jpg
やっと岸に上がった女は、恐怖のあまり顔を伏せていた。
 その髪から水がしたたり落ちる。傍で子どもがあくびをする。

・「敵を連れて」(第10回世界報道写真展ニュース写真部門第2位 '66)
20060127091741.jpg


・大先輩が沢田に握手の手を差し出してくれたとき、彼は自分の選んだ道をもう
 引き返せないことを感じたにちがいない。

・「こん畜生」兵隊がそう叫んでM-16を2回発射。そのとき敵の狙撃兵の
 銃弾が彼の左目を打ち抜き、その後頭部がふくれあがったかと見る間に裂けてしまっ
 た

・片手のこぶしをふりあげても、もう一方の手は握手のために残しておくー
 それが戦争かもしれない。和平の動きがどう進められているかも知らず、若い
 兵士は来る日来る日も死んでいく。戦いの正義よりも、誰が貧乏くじを
 引くかが問題なのだ。

・戦場の取材でいちばん難しいのは、引きどき

・「死神に見放された男」

・おそらく夕方、2人は帰途だったろう。プノンペン南34キロ地点で、激しい銃撃
 にあう。穴だらけになった自動車から少し離れた草むらにフロシュの身体、そのさき
 数メートルのところで、沢田は眼を虚空に向けていた。胸に4発、首に2発の銃弾を
 受けていた。34歳だった。彼のカメラはなくなっていた。

・サイゴン。かつてフランス人によって建設された”東洋の小さなパリ”。75年の
 解放でホーチミン市と変更されるまで旧南ベトナムの首都だった都市。
 1963年、ゴ・ディン・ディエムの圧政に、路上で、仏教僧侶(ティック・クアン・ドック)が抗議の焼身自殺を敢行する写真が大きな衝撃を与え(サイゴン(現・ホーチミン市)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。

img_1124523_37584716_0.jpg


彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でも蓮華坐を続け、一切苦悶の表情や声を出さず(一般的に焼身自殺は口腔内の酸素も焼き、肺や喉を焼き爛れさせるため激痛で暴れ回るのが常である)、絶命するまでその姿を崩さなかった。その姿はカメラを通じて全世界に放映された。この衝撃的な事件が世界中に放映され、国内の仏教徒だけでなく世界中の反戦主義者に大きな影響を与えることとなった。 from wikipedia)、そして11月のディエム暗殺のあと、相次ぐクーデターがおきる

・沢田は勇気の人だった。つまり、われわれ大半のものよりも恐怖を押隠すのが
 巧みだった。

・世の中には、他の人よりも注意深くしていられる人間がいるものなのだ。

・自然の人間が持つ一幅の美

・もともとが楽天家の私ですが、彼の亡くなったあの一年は、朝起きるたびに
 何度となく大声をあげたい日が続きました。
 ものを想うことから一切逃れたかったのでしょう。(妻・サタ夫人)

・「真実は現場にしかない」といい続けた沢田



戦争の犠牲になった子どもを見て、悲しみ嘆く親の姿の写真があり、涙が出た。
人間は、何をやってるんだろう。
傷つけ合うために生まれてきたわけじゃないのに。


どの写真も、真実しか写っていない。
それがぼくには、とてつもなく恐ろしくて、同時に、哀れに思った。
「戦場写真家」という仕事も、あてのない「戦争」も。
世の中に不必要だから。



焼身自殺をした僧侶の方の写真が、何が世界を震わせるのか、気付かせるのかを
ぼくに教えてくれた。
意味のない死なんてないはずだけど、彼の死は意味のありすぎる死のように思う。
感謝の意を込めたい。


戦争なんて本当にこの世からはやくなくなってしまえばいいのに。

見るだけで幸せになれる「魔法の絵本」 : 中河原 啓

hmv_3114335.jpg


絵から与えられるスピリチュアルメッセージ。



・満たされない心が
 お金を漏らしていきます

・「お金持ちになりたい!」という夢を叶える近道は、福々しい人との縁をふやすこと。
 人と人のつながりが輪になって、お金の縁を呼ぶようになる。
 人との縁を養うには、思いやりをもって人と接することがなにより大切。

・健康でいられることは、真の奇跡。

・「元気がほしい」と思ったら、自分のことはちょっと忘れて、人の役にたつことを
 するといいでしょう。自分の中にスペースができて、健康のエネルギーが満々と
 注がれ、元気も回復します。

・人との出合いは偶然に見えて、実はその人がこれまでに培ってきた人との縁に
 呼び寄せられています。

・あなたの不満は、忍耐?我慢?

・自分の好きなこと、やりたいことを思い浮かべると、脳からα波が出ます。
 α波が出ているときに、くっきりと思い描いたイメージは、必ず実現する

・人間関係に悩んでいる人には、ある共通点がある。「自分が正しい」と思っているこ
 と

・なにもかもうまくいかない。そんな状態に苦しんでいる人は、自分がなにをいちばん
 大切にしたいのか、優先順位をつけてみましょう。
 なにを優先するか、選ぶものによって世界は変わります。







悩みや苦しみごとに絵があって、それを見続けることで、人生を好転させようという内容。
信じる者は救われるのだろう。

たしかに色合いが素敵な絵たちで、ずっと眺めていても飽きなさそうである。




「なにを優先するか、選ぶものによって世界は変わります。」という言葉がすごく心に残る。
本当にそうだと思うから。

自分の場合、こうして人と出合う時間を削ってまで、本を読んだりすることに意味があるのだろうかと、
たまに悩んだりする。
だけど、今はそういう時期だと割り切っている面もある。

もっと柔軟に生きられればいいんだけど、自身の頑固な面も認めざるを得ない。
だから今は自分の世界が良い方向に向かっていることを信じるのみ。
自分で自分を信じてあげないとなぁと改めて思った。


愛 : 井上靖

200801000449.jpg


3つの愛の短篇集。



結婚記念日
・後妻を迎える気になれないのは、加奈子に懲りているためではなく、むしろ加奈子に
 済まないような義理を立ててやりたいような気持ちが働いているから

・倹約屋(しまつや)

・「やはり、俺は加奈子を愛している」

・口を開いていないと現在自分に舞い降りてきた幸運がたちまちどこかへ
 逃げていきそうに思えた

・爪に火をともすようにしてためた6千円の金

・「言いたい人には言わしておけばいいわ」

・絶えず何ものかと闘った共同の防衛者に、春吉はついぞ今までに持ったことのなかっ
 た堪らなく切なくいじらしいものを感じた



石庭
・風が吹いていた。昔の風だった。

・庭といっても、白い砂が水平に一面に敷かれて、その中央に、石が数個置かれてある
 ばかりだったが、この清潔簡素な庭の持つ何かきびしいものが、それを観ている者の
 心を打ってくるのだった。

・龍安寺の石庭の持っている異様な冷たい美しさに、流されてはいけない妥協してはい
 けない、こんな声が身内から聞こえた。あの静かな石と砂のお庭は、わたしから
 弱さを取り上げ、冷酷なほど、わたしを強くしてくれました。




死と恋と波と
・初めて自分の満足する気に入った死場所を見つけた落ち着き

・この世における自分の最後の行為

・スープにスプーンをつける。杉が皿の中の池を乾してしまった

・「邪魔はしません。人間は自由を持っています。死をさえ選べる自由を」

・杉千之助の四字は、いつでもちょっとした清涼感を持っていた

・それはぞっとするほどの懐かしさ

・「わたし、死ねませんでした」

・「自分の自殺するのを、じろりと横目で睨んでいる人間があると思ったら、
  人間、死ねなくなりますわ」

・人間は一点に立っていることはできない。

・名声は誤解の集積だって言った人があります。汚名だって同じことでしょう。

・曖昧模糊とした観念

・氷のような好意




発表されたのは昭和25年と26年。
読んでいる最中、その頃の景色みたいなものが、頭の中で描かれた。
どの短篇にも、男と女がいて、それぞれ違いはあるものの、
愛を認識している。


「結婚記念日」を読んで、お金こそが幸せなんかじゃないと教えてくれる。いや、諭してくれる。
貧乏でも、愛する人がいれば、いたらならば、それでいいんじゃないかと思う。


「石庭」で強く印象に残るのは、見合結婚というカタチで納得していた若い妻が、
石庭を見た(感じた)ことで、恋に、生きることに妥協をすべきでないと悟り、夫のもとを去ったこと。
妥協しない生き方、っていうのは大事。



「死と恋と波と」では、演劇を見ているかのような情景が浮かぶ。
自殺を考える2人が出合い、愛を見つけ、生を得る。
「人間は死さえ選べる」という言葉が印象に残る。
もし神様が人間の頭の中から自殺、なんて言葉を抜き取ったら、
人間は最高に辛いことがあったときどうするんだろうか。
そんなどうでもいいことまで考えてしまった。



全体的に品良く収まっている。
初めて井上さんの本を読んだが、昭和の時代を数年しか生きていない自分でも味わえる昭和が、
古臭いというより新鮮だった。

Pagination

Utility

Profile

Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

Category

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。