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ダライ・ラマ LOVE? 愛ってなんだろう : ダライ・ラマ14世

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愛がわかる。



・煩悩ーー心に湧き起こってくるさまざまな妄想。日本では108の煩悩があると
     いわれるが、チベットでは人間には8万4千の煩悩があるとされる。
     煩悩は怒り、むさぼり、無知の三毒にまとめられる。煩悩は苦の原因で、
     それを断ち切るために、釈迦は8万4千の教えを説いた。

愛とはなにか?

・母親は自分の子どもに対し、驚くほど深い愛情をもっています。
 これが「愛」と呼ばれるものの基本的な定義。
 ときには、自分自身よりもわが子のほうを大切にしたいと心から思い、
 何よりも貴重な宝のような気持ちで育てているのではないでしょうか。

・「気の毒に」といった想いが愛情であり慈悲であるという思いちがいを
 されているかもしれません。けれども、それは正しい愛の定義ではない。
 心の底から湧き起こってくる想い、自分のからだよりも大切に育んでやりたいと
 思う気持ちを「愛」というのです。

・仏教には帰依の対象である三宝と呼ばれる特質がある。
 いっさいのものを知ることができる
 すべてのものに対して深い愛情が湧き起こる
 知恵と慈悲をもって命あるものすべてを救う

・5つの要素ーチベット医学では、受精、五大元素、魂の3つが集まってはじめて
 人間の身体が成り立つと考える。五大元素とは「地水火風空」を指し、同じ元素から
 できている食物を摂取することで、体内にある5つの元素を成長させていくと
 考えられている。

・人口増加は、もともと人間にそなわった愛情の現われではないか。
 愛情によって自然に人間が増えてきたのです。

・「愛」は、それがいかに大切であるか
 いかに役立つものであるかをじっくりと考え
 何回も繰り返し考えていくことによって、
 自分自身で育てていくものです。

・19世紀と20世紀、人間は過去2世紀にわたって、外的で物質的な「ものの豊饒(ほ
 うじょう)」というものに対してとても力をそそいできました。
 人々のこれまでの努力によって、現在のわたしたちが楽しんでいる条件が整えられて
 きた。
 その反面、人間の心に巣食っている苦しみ、寂しさ、孤独感というものが
 豊かな物質があるがゆえにさらに高まってしまったことも事実です。

・人間の心の中に善き性質を育んでいくという教育がなぜか置き去りにされている
 のではないかと、わたしは思っています。
 より多くの知識を得る優れた教育を受けることに加えて、わたしたち自身の心のなか
 に「愛」や「慈悲」という善い性質のものを育んでいくことがとても大切です。

・より多くの知識を得ようとするあまり知識だけが注目され、人間の中身、
 人間の心にそなわった善き性質を見つめることを忘れているような気がするのです。

・外的、物質的な向上は、かなりのレベルまで達成しています。
 わたしたちはそういうものを楽しみながら、より幸せに人生を過ごしていくわけです
 が、いちばん大切なものは自分の心のなかの安らぎ、心の中の鎮められた幸せ、
 そして愛情にほかなりません。



世界平和のためのたったひとつの方法

・兄弟姉妹である同じ人間

・戦争反対の動きを高めていくには、ひとりひとりのなかの「愛」を育て
 高めていくことしか、方法はない。一人ひとりが全世界の状況を把握して
 戦争をなくし、世界が抱えている困難や問題をなくそうと思うのであれば、
 ひとりひとりの心のなかに安らぎと平和を求める気持ちを高めていかなければ
 なりません。そうしなければ、世界の平和を達成することはできません。



ひとりひとりが幸せになるために

・自分自身がより幸せになるために、そして、まわりの人たちも幸せになるために
 必要なものは、「会話」ではないでしょうか。

・わたしは、これからの21世紀は、争いに終止符をうった「会話」の時代ではないか
 と思っています。

・「心のなかの武器を捨てる」ことが大切です。

・すべての人が幸せに生きていくためには自分のまわりにあるもので
 充分に満足することが必要です。

・かぎりある物質に関しては自分の周りにある範囲内で満足し、これで自分は充分なの
 だという「満足の心」を養っていくことが必要です。
 考え方にはかぎりがない。かぎりなく高めていける考え方に関しては、満足してもう
 これでよい、と思わないほうがよいのです。
 貪欲にものを求めても満足は得られない。反対に、心はもう高まったからこれで充分
 だと満足してしまっては、それは間違いになってしまいます。

・腹が立ったときは、直接その場で言うことにしています。笑
 言ってしまえば、そういった気持ちが長く自分のなかにとどまることはありません。

・仏教には、3つの面がある。第一は、祈願や儀式をするという宗教的な面。
 第二は、哲学的な見解を深めるという面。第三は、科学と同じように心を使って
 ものを考え、分析して、調べるという面。

・会話には調和の精神が必要

・勉強は、なにより大切なものではないでしょうか?
 なぜ大切かと申しますと、新しい善い考えを育てていくことができるからです。
 心の変容というのは、なにかのルールによって外側からむりやり変えるものではなく、
 内側から自然に湧き起こってくるものでなくてはなりません。そうすれば、確信が
 湧いてくるはずです。

・ダライ・ラマ=大海の知恵を意味する

・ダライ・ラマ亡命後、チベット全域は完全に占領され、中国の植民地となったために、
 今、地図帳を開いてもチベットという国の名前をみつけることはできません。

・ダライ・ラマ14世は、たとえ武力攻撃に直面しているときでも、たえず
 非暴力による方策を提唱

・「わたしは母国をなくし、人生の大半を亡命してすごしてきました。
  わたしの人民は拷問され、殺戮され、寺院は破壊され、文明は壊滅し、
  国土は荒廃し、資源は略奪されました。喜べることはなにもありません」 





実は今まで名前しか知らなかった。
偉大な人だ。
そもそも2歳のときに13世の転生者として認定されたっていう出生話にも驚いた。
そして5歳で即位。15歳で政治・宗教両面の国家最高指導者に。
15歳の自分を思わず思い出して、情けなくなった。比べる対象を間違えているけれども。
また、中国に攻められても、一貫して平和主義を唱える姿勢には頭が本当に下がる。


関心と感心が尽きない。
どんな辛い想いをされてきたのだろうか。
自分を生まれ変わりだと疑った時期はあったのだろうか。

どうやってその人格を創ってきたのかを是非教えていただきたい。



読後、愛の定義はこれ以上のものはないように思えた。
すごくしっくりくるし、間違い一つない。



自分にとっての新しいモノの見方は「満足する」ということだった。
自分のそばにあるもので、充分に満足すればそれで幸せなんだ。

ぼくはゲイとして(なのか?)いつも満足できない環境に身を置いておきたいと思うくちだったから、
(満足したらそこで成長が終わりそうだったから)
ダライ・ラマの言葉はとても印象に残った。
モノには満足して、心は無限に求めればいいんだ、って今はそう思える。




もっと彼に関する本が読みたくなった。
シンプルでいい本だった。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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