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向田邦子の遺言(向田和子)

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万一の場合、次のようにしてください、で始まる文書

「あなたには小料理屋をやってほしいの。女同士でも気軽に入れて飲み食いできる店って、案外少ないから、いけると思う。あなたは料理が上手だから、あなたの手持ちの料理でとりあえず始めても、やれるんじゃないかしら。お金は私が出すから、場所もいい、人気もいいところで、やりましょ。」

そもそも通帳というものを持っていないのだから貯金のしようもなかったのだ。3代目の江戸っ子で、ゼニは持たない主義であった。サラリーが安いこともあって、半端に貯金するくらいなら、自分自身にもとでをかけたほうがあとになって得なのよ。と、利いた風なことを言って、遊ぶほうに忙しかったのだ

おひろめ
蓮根のきんぴらや肉じゃがをおかずにいっぱい飲んで、おしまいにひと口カレーで仕上げをするー
ついでにお惣菜のおみやげを持って帰れるー
そんな店をつくりました、店は小造りですが味は手作り 雰囲気とお値段は極くお手軽になっております
ぜひ一度おはこび下さいまし


どの庭には何の木があり、何月頃にはどんな花をつけ、どんな匂いがするか、7年の間に覚えこみ、これが私のささやかな四季であった。

ありったけ泣いた

感動も何もない人生の青写真を作って、その通りに生きようという人間は、姉が最も軽蔑していた

あの麦藁手の茶碗でお茶漬けを食べたらおいしそうだな

鉛筆一本の細々とした稼ぎ

一日の24時間は速かったり、遅かったり、そのときによって違って感じられる。長い一生において、どんな人の時間でも、あるときは速く、あるときは遅く流れるのだ。だから、どこかで帳尻合わせができている。そのときどきで、あわてず、ゆっくり、見極めながら生きればいい。この歳になって初めて、気付いたことである。


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向田邦子さんは本当に生き方が素敵。家族想いで、「潔い」人だと感じました。
潔い人、ってやっぱり魅力的で、自分もこんな人に少しでも近づけたらいいなと思います。

そしたら、もっと人生たのしくなりそうです。

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向田邦子の恋文

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なんとなく気になって、手に取った。


向田邦子自体、正直知らなかった。世代でないから、といえば言い訳になるけど。(単に常識知らず)

あ、有名な人。というなんとも雑な認識。



読んでいくうちに、妹、和子の目から見た姉、邦子のたくましさに惚れた。





・メンドクサイヤ。-これが私のキャッチフレーズです。(恋文内より)

・やっぱりアイツ(飼い猫)はいい奴だ。誰かさんみたいに、こなくても平気だよ、
 なんて、ひどいことはいわないもん。

・(飛行機事故のニュースを見た後の著者)夕飯を口に運ぶ。
 味が全くなくて、食べることが苦痛で、胃にただ流し込んだ。

・命あるものを最優先すべし。姉はことあるごとにそう話していた。

・故郷もどき

・どれもこれも邦子である。

・人間、オギャーと生まれたときから苦を背負ってるのよ。
 口に出して言うか、言わぬかの違いはあっても、誰にも苦労はある。
 そこを、どうしていくかが、知恵のつかいどころ。
 あまりクヨクヨしないで、時が経てば、笑い話になる。

・あの人は病気にならない限り、大丈夫。安心して見ていられる。
 何も言わなくても、やりたいようにさせておけばいい。
 姉にはそう思わせてしまう「何か」があった。

・悩みや苦しみは人に見せないで、生きる力に変えてしまう。
 それが向田邦子式の生き方。



昭和56年の8月に彼女(51歳と9ヶ月)を乗せた飛行機が墜落。



恋人で妻子持ちのカメラマンとの恋文の中には、33,4歳の向田邦子が見える。



飾らない人だ、と思った。そして、まっすぐ。
ユーモラスで、相手に対する愛が、きちんと折りたたまれている、そんな印象。


その彼が自殺したとき、彼女はどう思ったのだろう。





彼女の生き方に圧倒された。完璧な人間、といえば大げさかもしれないが、
それでも、完璧に近い人間。それでいて、人間くさい。
そんなところが魅力なのかな、個人的には。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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