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嘘の効用 (末弘 厳太郎)

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われわれの頭には嘘をいってはならぬということが、深く深く教えこまれています。 ところが、それほど深く刻みこまれ、教えこまれているにもかかわらず、われわれの世の中には嘘がたくさん行われています

実をいうと、全く嘘をつかずにこの世の中に生き長らえることは、全然不可能なようにこの世の中ができているのです。


そこで、われわれお互いにこの世の中に生きてゆきたいと思う者は、これらの嘘をいかに処理すべきか、というきわめて重大なしかもすこぶる困難な問題を解決せねばなりません。なにしろ、嘘をついてはならず、さらばといって、嘘をつかずには生きてゆかれないのですから。

私は法律家です。ですから、専門たる「法律」以外の事柄については――座談でならばとにかく――公けに、さも先覚者ないし専門家らしい顔をして、意見を述べる気にはなれません。

世の中の人々も、普通にその同じ間違いを繰り返して「専門家」の「素人考え」を不当に尊敬します。私は全く変だと思います。

欧米諸国の現行法はだいたいにおいて協議離婚を認めていません。離婚は法律で定めた一定の原因ある場合にのみ許さるべきもので、その原因が存在しない以上はたとえ夫婦相互の協議が成立しても離婚しえないことになっているのです。この点はわが国の法律と全く違ってきわめて窮屈なものです。
いかな西洋でもお互いに別れ話の決まった夫婦が、そうおとなしくくっつきあってるわけがありません。いかにバイブルには「神の合わせ給える者は人これを離すべからず」と書いてあっても、お互いに別れたいものは別れたいに決まっています。

法律は人間のために存するものです。人間の思想、社会の経済的需要、その上に立ってこそ初めて法は真に行われるのです。


「法」がむやみと厳重であればあるほど、国民は嘘つきになります。卑屈になります。「暴政は人を皮肉にするものです」。しかし暴政を行いつつある人は、決して国民の「皮肉」や「嘘つき」や「卑屈」を笑うことはできません。なぜならば、それは彼らみずからの招くところであって、国民もまた彼らと同様に生命の愛すべきことを知っているのですから。

人間はだいたいにおいて保守的なものです。そうして同時に規則を愛するものです。ばかばかしいほど例外をきらうものです。

人間は「公平」を好む。ことに多年「不公平」のために苦しみぬいた近代人は、何よりも「公平」を愛します。

われわれの結局進むべき路は「公平」を要求しつつ、しかも「杓子定規」をきらう人間をして真に満足せしめるに足るべき「法」を創造することでなければなりません。

いったい、私は、「文化」というものはある特殊の人にだけできる事柄を誰にも容易にできるようにすることであり、また学問はそれを容易にできるようにする手段であると考えている。


われわれは「尺度」を欲する。しかも同時に「伸縮する尺度」を要求する。実をいえば矛盾した要求です。しかも人間がかくのごときものである以上、「法」はその矛盾した要求を充たしうるものでなければなりません。






「好きなタイプは嘘をつかない人」なんてよく言いますが、この本にあるとおり、
嘘をつかなければ生きられない世の中になっているのですから、「好きなタイプは上手に嘘がつける人」なんて
言ったほうが正しいのかもしれないと思いました。

人間は矛盾が嫌いなようで、矛盾を愛しているような、読みながらそんな気がしました。
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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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