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本の未来 (富田 倫生)

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手に取った本は、私もしょっちゅうあとがきから開く。 姿勢を正した本文からはうかがえない等身大の書き手が、ひょっこり顔をのぞかせていたりするのが面白い

書物の本質は、言葉によって綴られるこの物語を、一まとめにしておさめておく器です。

我々は体験したり聞き及んだりする出来事を、言葉によって物語ってはじめて胸におさめ、安心を得る生き物です。「あれがこうだから、そうなり、結局こうなった」という起承転結のドラマは、我々の精神を持続的に立たせる支柱です。

パーソナルコンピューターの未来を切り開いたアラン・ケイは「未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことである」と語っています

段階を踏んで成長を遂げてきたインターネットを、一九九〇年代に入って急成長させたのは、WWWでした。各国に関連の施設を持つ、欧州原子核共同研究所(CERN)で、「知識の共有システムを作ろう」として始まった作業がきっかけです。

インターネットの成り立ちに触れた本を読むと、その多くが「アメリカの軍用ネットワークが起源だった」と書いています。核攻撃を受けて通信線の一部が途絶えても、全面的なコミュニケーションの途絶に陥らないよう備えた、網の目状の〈打たれ強い〉通信網が原点だったと言うのです。

安渓さんの本が育まれるまでには、十年に及ぶ聞き取りの努力がありました。言葉を吐き出すことが先に目的としてあったのではなく、人の心に潜りこんで生活の実相を記録する長期に渡る実践があり、やがてそれが一つのまとまりを持った言葉に変わる時を得たのです。それを軽々しく、「簡単に本が出せる」などと言ってくれるなという、胃袋に重い指摘でした。



書き残していかなければいけないこと、今そうしなければ永久に失われてしまうものがいっぱいあります。出版社に任せていては、それは手遅れになってしまうでしょう

日常を揺さぶってみたい。

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」

フロッピーディスクの五百倍近い容量を持つCD―ROM

マルチメディアというぶよぶよとした概念

人間として私達が世に送りだすすべてが祝福されるものばかりではない、しかしその中にも忘れさることの出来ない大切なことが消えずに残されています。

地域の経済の柱だった造船所を移転で失ってから、この町はすっかり肩を落とし、息をひそめるように生き永らえてきた。町内会の知らせは八十まで生きた年寄りの訃報ばかりで、たくさんのネコが暗い目で欠伸をかみ殺し合っていた。久しぶりに戻ったセピア色の町は雨の中で、紫陽花だけにぽつんと青が浮かんでいた。

「免疫という、中世まで恩寵として捉えられた生命反応を司る分子が、実は、さまざまな作用を持った曖昧な分子であった。それは、炎症とか癌とか神経の成長、さらに造血などにも介入している。ここでインターロイキン(インターフェロンをふくむ、免疫細胞や白血球が作る生物活性物質の総称―注・富田)は、その多目的性、曖昧性、冗長性という本性を現わし、はるかに免疫現象を超えてしまうのである。その先に広がるのは混迷なのか、想像を超えた調和なのか」(『免疫の意味論』)

免疫学者の多田富雄が書いた『免疫の意味論』を読んだときには、自分の身体で体験した狂ったオーケストラの大音響に、別の角度から強い光を与えられた気がして、「ああそうなのか」と深くため息をつきました。

いっぱしの仕事中毒のような暮らしを、心の奥では少し得意になって続けていた

今回ツールキットのマニュアルを読んで初めて知ったが、英語の編集の世界にもこうした審美の物差しがある。パラグラフの最初の一行が頁の最後にくるのはオーファン(孤児)、パラグラフの最後の一行が頁の頭にくるのはウィドウ(後家)と呼ばれ、共にみっともないこととされている。

編集者の世界には、特有の美的基準がある。たとえば日本語では、括弧の受けや句読点が行の頭に来ることは許されない。また一文字だけ行の頭にはみ出すことは、首吊りと呼んで禁止事項に数えられることがある。

「これからは本を画面で読むことにしよう」 ただ一言そう宣言することで、二千年近く紙の冊子に縛り付けられていた本というものを、エキスパンドブックは解き放とうとしていると感じました

ここで使っている「DTP」は、デスク・トップ・パブリッシングを略した用語です。そのまま日本語に置き換えれば、「机上出版」。本や雑誌作りにコンピューターを使ってもらおうと、小さな会社を起こしたばかりのポール・ブレイナードという人物が、一九八四年の秋と言いますから、マックが発表されてから半年余りたった時点で思いついた言葉です。

あらゆる種類の文章を、すぐにコンピューターで読むようになるとは思いません。ただし、参考図書をしょっちゅう引きながら読む、私にとっての英語のようなものや、原稿を書くために資料として読む文章、研究や仕事の関連で、内容をメモしたり要約したりしながら読むようなものに関しては、今後どんどんコンピューターに移っていくのではないか。

CD―ROMの製作原価は紙よりよほど安く付くはずなのに、むしろ電子辞書の定価は、おうおうにして従来のものよりも高くなっているありさまです。

平凡社の『大百科事典』は、一九八五(昭和六十)年六月に初版が出た時点で買いました。奥付を見ると、全十六巻予約特別定価が十一万八千四百円とあります。安い買い物ではありませんでした。 同社はすでに、この『大百科事典』をCD―ROM化しています。値上がりして十八万六千円になっている紙の版の価格を、当初CD―ROM版は大きく上回っていました。その後値下げになりましたが、それでもまだウインドウズ版の価格は、十四万九千三百五十円についています。 私が平凡社から買いたかったものは、『大百科事典』におさめられた情報です

エキスパンドブックと初めて出合った当時、私はこれらの参考図書を、紙の頁をめくって引いていました。しかし繰り返し参照するこうした類の知識は、本の形に仕上げる必要はない。むしろ本にしたのでは使いにくいという気持ちは、その頃から持っていました。

それぞれのパッケージには、エキスパンドブックを刊行する経緯をありのままに、かつ印象的な言葉で綴った、しおりが入っていました。誰もが彼らに、「コンピュータで読書したいなんて思う人がいるでしょうか?」と聞くとあり、「正直言って、まだ私たちにも確信が持てません」と、彼ら自身の気持ちが、迷いも含めてそのままに記してありました。

一九七〇年代に入ってから活版にとって代わったオフセットでも、まず原稿をそばに置いて、写真植字機のオペレーターが一字一字、文字を選んで写真に撮りました。一九八〇年代に入ってパーソナルコンピューターやワードプロセッサーで原稿を書くことが多くなると、工夫すればオペレーターによる作業を省けるようになりました。

詳細な索引は、「この本は重要な資料として繰り返し開かれる」という、著者の自信と誇りを表しているように見える。

後はプロの書き手としてある意味で〈強くなっていく〉しかないと考えました。 しっかりした原稿を書き続けて編集者たちに一目置かせ、そこからさらに手応えのある本を出していく。どうすれば本が売れるかは分からない。けれどちゃんとした本が書ければ、惨敗はないだろう。

「やはり本はいいな」

手書きでは、同じ人が同じ文字を書いたとしても一つひとつに微妙な差が出ます。こうした文字の揺らぎを、我々はメッセージとして受け取っているはずです。手書きの文字は常に微妙に揺れていて、時には疲労や感情のうねりによって大きく揺らぐ。意識するにしろしないにしろ、そうした変化を我々は感じとっています。 一方フォントには、揺れがありません。雰囲気は全ての文字で統一されていて、同じ文字はいつでも寸分違わない。こうした特徴のゆえに、私たちは揺らぎという要素をはじめから頭の外に追いやって、文章その物に意識を集中して読んでいけます。 文章の中味からすれば、字形の揺らぎはいわばノイズです。フォントで読むことは、騒音のない部屋で読書に集中するような効果を与えてくれます。一方手書きには、〈音〉がつきまとっています。慣れないくずし字や乱暴な文字は、読書の妨げとなる騒音です。

書くことで自分と距離を取ってこそ、感情の激しい波の下に潜り込み、底に潜んでいる本質を見つめられます。

人は言葉で語って初めて、体験を腹におさめます。

書きながら考え、書き上げたものをさらして批判を受ける。そこからもう一度考えていく中で、自分自身を高め、状況に働きかける力を養っていく。

これに対し鈴木は、綴方をより深くとらえようとしました。「単なる文字上の表現を練習するための学科ではない。私は綴方を、人そのものを作りととのえる、『人間教育』の一分課として取扱っている」(『綴方読本』

一八七二(明治五)年に学制が定められた当初から、文章を書かせることは小学校における国語教育のテーマとして組み込まれていました。国が示したその目的は、見聞きしたことや暮らしの中で必要なことを、簡単、明瞭に書かせることです。

私が大学に籍を置いていた一九七〇年代の前半は、この謄写版に、長かった役割を終える兆しが見え始めた時期でした。一九七一(昭和四十六)年に大学に入ったとき、すでに図書館には普通紙複写機が設置してあり、学校の周辺にはコピー屋も見られました。いちいち原紙を切らなければならないガリ版に比べれば、ボタン一押しで複写が取れるコピー機は、実に便利です。ただし在籍していた大学の図書館の一枚十円は例外的な馬鹿安で、普通の大学では三十円、町場のコピー屋では五十円ほどもしていました。国電の初乗りが、三十円だった時期の話です。便利ではありましたが、同じ原稿をまとまった枚数複写する際は、コピーは高嶺の花でした。それが七〇年代をかけて、コピーの値段はずいぶん安くなっていきました。ゼロックスの特許に触れない技術の開発にキヤノンが成功し、一九七〇(昭和四十五)年には、国産初の普通紙複写機が同社から発売されます。

紙にはさんで筆圧で複写をとるカーボン紙の特許は、すでにイギリスで一八〇六年に成立しています。

ただし、ごくわずかではありましたが、読者から寄せられた感想の言葉には、十年分のクリスマスプレゼントをまとめてもらったほど、胸が大きく鳴りました。

出来上がってきた小さな本は、そっと包んだてのひらを暖めながら、にこにこ微笑んでくれました。

挫折と沈滞を余儀なくされていた一つの時代精神が、パーソナルコンピューターという革命児を産み出したのではないか

あなたには、書きたい本がありますか? 私にはありました。

住む場所を決める際に私はいつも、図書館に近いことを判断基準の一つにしてきました。新聞の縮刷版や雑誌のバックナンバーを閲覧するほか、ある分野に関してどんな本があるかは、先ず図書館に行って調べたいからです。ただ手に入る本は、可能な限り買って読んできました。書き込みなしでは読んだ気がしないのに加えて、書き手へのお礼の問題が頭から離れないからです。自分が本を書いているからこだわりが強いのかもしれませんが、私にとって、本は買って読む物です。 著者や訳者には、たくさんの人に読んで欲しいという願いがあります。かなうなら、より多くの印税を受け取りたいという期待も持っています。読者の側にも、後ろめたい気持ちなしで本に向き合いたいという思いがあるはずです。コピーをとる代金は、たいていの場合、本の値段程度はかかってしまいます。

中味を書いた人に見返りを与えることは、文化の動力を生み出すエンジンにガソリンを補充することです。書く意欲、訳す意欲、まとめる意欲はやはり、金銭的な裏付けを得てはじめて継続できる物でしょう。

一部のベストセラー作家は別ですが、概して本を書くことや訳すことは割のいい仕事ではありません。「書きたい」あるいは「日本の読者に紹介したい」といった強い気持ちがなければ、続けていくことの難しい作業です。 書店で本を買うときは、ほとんどが思い入れを原動力として仕事を続けている書き手に対して、ちゃんと挨拶したような気分でいられます。支払った代金の一割程度は、確実に著者や訳者に渡るからです。ところが絶版書をコピーする際は、その人たちに印税分がいきません。本人の連絡先を確認し、金額を交渉して支払うことは可能かもしれませんが、かなり面倒な話です。わざわざコピーをとってまで読みたいのだから、その本を大切に思い、書き手の仕事を尊重する気持ちはあるのです。

初版発行部数が五千部なら、見返りは七十五万円になります。著者に関しては一割が慣例の印税率ですが、訳者では六分前後が常識的です。

通常、著者や訳者は、本の定価の一割程度に発行部数をかけた金額を、著作物の出版を認める対価として出版社から受け取ります。 本の定価が千五百円で、印税と呼ばれる報酬の割合が一割だったとすると、一冊あたりの取り分は百五十円。

最初に刷った分が売り切れ、今後もある程度売れ続ける見通しが立つと、増し刷りになります。初回に作っておいた印刷用のフィルムを使い回せるため、再版では一冊あたりの製造コストを抑えられます。とはいえ、まとめて作りたいという事情はここでも付いて回り、増刷も千部程度を最低の単位として行われています。 いったん作ってしまった本は、出版社にとって資産です。見込みがはずれて売れ残れば、保管代がいる上に税金がかかります。

本作りの工程は、ある程度の部数を一度に作ってしまう前提で成り立っています。印刷用の原版を作るところまでが高くつくため、数をまとめないと割高になるからです。初回の印刷分は、平均して五千部程度。三千部前後の本がないわけではありませんが、数が少なくなればなるほど、定価はより高く付けざるを得ません。

長く読み継がれる本がある一方で、新しい本が次々と生まれてきますから、限られた書店のスペースで読者との出合いを待てるものは、ほんの一握りに限られます。

夢見ることが許されるなら、あなたは胸に、どんな新しい本を開くだろう。
歌う本だろうか。 語る本だろうか。 動き出す絵本、読む者を劇中に誘う物語。 それとも、あなた一人のために書かれた本だろうか。 思い描けるなら、夢はきっと未来の本に変わる。 もしもあなたが聞いてくれるなら、私はそんな新しい本の話をしたい。 これから私たちが開くことになる、未来の本の話をしたいと思う。






本の未来のことについて夢いっぱいに書かれていると思ったのですが、
内容は本のこと以外にも、著者の経験談やパソコンについての奥深い話まで様々でした。
過去のお話が多かったので、もっと未来について読んでみたかった自分としては少し残念ではあったのですが、
それでもおもしろかったのは、内容が充実して薄っぺらく感じなかったからでしょうか。

本を書く、ということにもっと興味を注いでくれた本となりました。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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