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オリンポスの果実 (田中 英光)

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ラストがすごく印象に残る。(ネタバレの可能性あり)







愛情の周囲を歩いた想い出だけです

ジャアナリズムの魔術に呆れたものです。ぼくの寸言も真実、喋ったものではありませんでした。

あなたの瞳の柔軟な美しさ

なに一つできぬ自分がほんとに厭になった。自分の意気地なさ、だらしなさ、情けなさが身にしみ、自分の影法師まで、いやになって、なんにも取縋るものがないのです。星影あわき太平洋、意地のわるい黒い海だった。

見物人は船客一同に加えて、満天の星と、或いは、海の鱗族共ものぞいているかも知れません。

それ迄みも知らぬ赤の他人の邦人の方が、日本選手という名前だけで、自動車と昼食とアイスクリイムを提供してくれ、その上、細々と御世話を焼いて下さった御好意は、真実、日本人同士ならばこそという気持を味って嬉しかった。あれ程、損得から離れた親切さには、その後めったに逢いません。

男は女が自分に愛されようと身も心も投げだしてくると、隙だらけになった女のあらが丸見えになり堪らなく女が鼻につくそうです。女が反対に自分から逃げようとすればするほど、女が慕わしくなるとかきいています。

主将の八郎さんが、かつてみない激しさで「泣くな。勝ってから、泣け」と噛みつくように叱った。 その激しい言葉に、自己感傷に溺れかけていたぼくは、身体が慄えるほど、鞭うたれたのです。

ゴオルに入った途端、ぼく達の耳朶に響いたピストルは、過去二年間にわたる血と涙と汗の苦労が、この五分間で終った合図でもありました。

涯しないみどりの芝生

我慢できないような厭らしい沈黙

ぼく達は、努力しすぎて負けることを、少しも恥とせぬ潔い気持でした

それから、ぼくの眼は、あなたを追わなくなりました。しかし、心は。

月の色が、どこで、どんなときにみても、変らないというのは、人間にとって、甚だもの悲しいことです。

七月の太陽

一望千里、涯しない大洋の碧さに、甘い少年の感傷を注いで

日本を離れるに随って、日本が好きになるとは、誰しもが言う処

「大坂よ、お前は惚れている女から、いつも馬鹿と呼ばれているんだぞ」と罵り、そこで皆から、ひとしきり嘲笑の雨。 ぼくは、しばしポカンとしていましたが、堪え切れなくなると、「そうですか」と一言。泣きッ面をみられないようにまた暗い甲板に。

かにかくに杏の味のほろ苦く、舌にのこれる初恋のこと

ぼくはあのひとが好きでたまらない。この頃のぼくはひとりでいるときでも、なんでも、あのひとと一緒にいる気がしてならない。ぼくの呼吸も、ぼくの皮膚も、息づくのが、すでに、あのひとなしに考えられない。たえず、ぼくの血管のなかには、あのひとの血が流れているほど、いつも、あのひとはぼくの身近にいる。

当時、ぼくは二十歳、たいへん理想に燃えていたものです。なによりも、貧しき人々を救いたいという非望を、愛していました。だから、その頃、なにか苦しい目にぶつかると、あの哀れな人達を思えと、自分に言いきかせて、頑張ったものです。

雲影模糊とみえそめた島々の蒼さを驚異と憧憬の眼でみつめたまま

おもうに、あのとき、燃える空と海に包まれ、そして、焼きつくような日光をあびた甲板に、勝っているときは嬉しく、負けたときは口惜しく、遊びの楽しさの他には、なにもなかった。ぼくは、本当に、黄金の日々を過していたのでした。

観念に憑かれぬという意味での美しさが、百花撩乱と咲き乱れておりました。

紫紺のセエタアの胸高いあたりに、紅く、Nippon と縫いとりし、踝まで同じ色のパンツをはいて、足音をきこえぬくらいの速さで、ゴオルに躍りこむ。と、すこし離れている、ぼくにさえ聞えるほどの激しい動悸、粒々の汗が、小麦色に陽焼けした、豊かな頬を滴り、黒いリボンで結んだ、髪の乱れが、頸すじに、汗に濡れ、纏りついているのを、無造作にかきあげる。

ぼくは直ぐ、恥かしくなって、視線をそらせようとすると、あなたも、寂しいくらい白い歯をみせ、笑うと、窓硝子をトントン拳で叩く真似をしてから、身をひるがえし逃げてゆきました。

(よく、食うなア)と、あなたに言った積りですが、案外、自分のことでしょう。

何も彼にもが、しろがね色に光り輝く、この雰囲気のなかでは、喋るよりも黙って、あなたと、海をみているほうが、愉しかった。

こんな景色とて、これが、あの背広を失った晩に見たらどんなにつまらなく見えたでしょうか。いわばあなたとの最初の邂逅が、こんなにも、海を、月を、夜を、香わしくさせたとしか思われません。ぼくは胸を膨らませ、あなたを見つめました。

それから何日、経ったでしょう、ぼくはその間、どうしたらあなたと友達になれるかと、そればかりを考えていました。

船の頂辺のボオト・デッキから、船底のCデッキまで、ぼくは閑さえあると、くるくる廻り歩き、あなたの姿を追って、一目遠くからでも見れば、満足だったのです

子供のように跳ねてゆくところを、ぼくは、拍子抜けしたように、ぽかんと眺めていたのです。その癖、心のなかには、潮のように、温かいなにかが、ふツふツと沸き、荒れ狂ってくるのでした。

みじんも化粧もせず、白粉のかわりに、健康がぷんぷん匂う清潔さ

漕いでいれば、あんなに辛いものでも、見ていれば綺麗に違いありません。

なかでも、波止場の人混みのなかで、押し潰されそうになりながら、手巾をふっている老母の姿をみたときは目頭が熱くなりました。

京浜間に多い工場という工場の、窓から、柵から、或いは屋根にまで登って、日の丸の旗を振ってくれていた職工さんや女工さんの、目白押しの純真な姿を、汽車の窓からみたときには、思わず涙がでそうになりました。

悶え悶え、ぼくは手摺によりかかりました。其処は三階、下はコンクリイトの土間です。飛び降りれば、それでお終い。思い切って、ぼくは、頭をまえに突き出しました。ちょうど手摺が腰の辺に、あたります。離れかかった足指には、力が一杯、入っています。「神様!」ぼくは泣いていたかもしれません。しかし、その瞬間、ぼくが唾をすると、それは落ちてから水溜りでもあったのでしょう。ボチャンという、微かな音がしました。すると、ぼくには、不意と、なにか死ぬのが莫迦々々しくなり、殊に、死ぬまでの痛さが身に沁みておもわれ、いそいで、足をバタつかせ、圧迫されていた腸の辺りを、まえに戻しました。いま考えると、可笑しいのですが、そのときは満天の星、銀と輝く、美しい夜空のもとで、ほんとに困って死にたかった。

東海さんは昨年、戦地で逢いました。補欠の佐藤は戦死したと聞きました。 戦地で、覚悟を決めた月光も明るい晩のこと、ふっと、あなたへ手紙を書きましたが、やはり返事は来ませんでした。 あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか。

到頭あなたの手紙は来なかった。








オリンピックの出場選手である主人公の、片思いの女性へのラブレター。


なんだか読んでいて、フィクションなのにすごく生々しい感じがして、
文体にすぐに引き込まれていった。

一人の人にこんなに想いを注ぐことができた主人公をとてもうらやましく思った。


内容の大半がその女性への想いを告げる内容とオリンピック前後の出来事を綴っているのだけれど、
ラストになって、実はこのラブレターは戦地で書かれているものという事実がわかって、
その話のコントラストにすごく驚かされたというか、とても切なかった。


戦時中、どれだけの人がどれほどのラブレターを書いたんだろう。
そしてそのラブレターはちゃんと届いたのだろうか。
そんなことを想像してしまう本だった。


名作中の名作。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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