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交尾 (梶井 基次郎)

koubi.jpg



・それから彼らは交尾した。爽やかな清流のなかで。
 ――しかし少なくとも彼らの痴情の美しさは水を渡るときの可憐さに如かなかった。
 世にも美しいものを見た気持で、しばらく私は瀬を揺がす河鹿の声のなかに没していた。

・科学の教えるところによると、この地球にはじめて声を持つ生物が産まれたのは石炭紀の両棲類だということである。
 だからこれがこの地球に響いた最初の生の合唱だと思うといくらか壮烈な気がしないでもない。
 実際それは聞く者の心を震わせ、胸をわくわくさせ、ついには涙を催させるような種類の音楽である。

・その伝播は微妙で、絶えず湧き起り絶えず揺れ動く一つのまぼろしを見るようである。

・この互いに絡み合っている二匹の白猫は私をして肆な男女の痴態を幻想させる。
 それから涯しのない快楽を私は抽き出すことが出来る






著者の感覚の鋭い部分がよく出ている短編だと思います。
(あまり梶井さんのことを知らないのだけど)

河鹿(かじか)の鳴く声からこんなに鮮やかに思想を膨らませることができるのは、ただただ見事なのでした。


ちなみにどんな声なんだろうと調べると、本当に美しい声でびっくりしました。
こんなカエルもいるんですねぇ。趣があります。


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愛撫 (梶井 基次郎)

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猫に対するモノの見方。


快い猫の重量。温かいその蹠。私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る。

爪のない猫! こんな、便りない、哀れな心持のものがあろうか! 
 空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも似ている!

・猫は耳を噛まれるのが一番痛い

・猫の耳は奇妙な構造を持っている。というのは、一度引っ張られて破れたような痕跡が、
 どの猫の耳にもあるのである。その破れた箇所には、また巧妙な補片が当っていて、まったくそれは、
 創造説を信じる人にとっても進化論を信じる人にとっても、不可思議な、滑稽な耳たるを失わない。
 そしてその補片が、耳を引っ張られるときの緩めになるにちがいないのである。

・私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくて堪らなかった。
 これは残酷な空想だろうか?







著者の猫の愛し方がよく分かります。
そしてその表現の仕方がただただ圧巻なのです。
猫の耳を切符切り的にパチンとしたくなる気持ちも、狂気が入り混じるほどの猫への愛情と捉えるべきでしょうか。

こんなもの読んだら猫がますます好きになるに違いないです。


檸檬 (梶井 基次郎)

lemonkazii.jpeg

なんと鮮やかな檸檬の描き方。



・もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」

・私は変にくすぐったい気持がした。
 「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。

私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。
 それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。


いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、
 それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も


・その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、
 果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。
 果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。
 何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、
 あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。
 青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆高く積まれている。――実際あそこの人参葉の美しさなどは素晴しかった。
 それから水に漬けてある豆だとか慈姑だとか。

・あのびいどろの味ほど幽かな涼しい味があるものか。

・あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束

・私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。





初めて梶井さんの本を読んだのですが、ほんとにおもしろかったです。ほ・ん・と・に。
特にこの短編は檸檬について語られていたので、果物好きのぼくとしては外せません(26年間外してきたが)。

読み終わった後は、この本をもっと早くに読んでおくべきだった、と後悔するほどにすばらしいです。
何がすばらしいかって、その文章。檸檬をここまで愛したたった一文が今まであったでしょうか?
そしてこの先、あるようには思えないほどの完璧っぷりなのでした。

天才。


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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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