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ジロジロ見ないで--”普通の顔”を喪った9人の物語-- : 茅原奈緒深

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藤井さん
・中学2年生の夏休み、ある夜のことでした。眠っていたぼくは、突然顔に沸騰した
 やかんを押し付けられるような熱さを感じて、目を覚ましました。起きて鏡を見ると、
 生まれつき右頬にあった7-8センチぐらいの丸いピンク色のアザがピクピクッと
 盛り上がりだし、その表面に小さなブツブツが広がっていきました。それは、まるで
 皮膚の下で小さな虫がうごめいているような不気味な光景でした。ドクッドクッと、
 アザが脈を打つように感じ、それに合わせて痛みが走りました。
 これが「海綿状血管種」。皮膚の下の脂肪や筋肉に、血管がいっぱい集まってできる
 もので、体が栄養をとって成長するように、血液を栄養分にして成長していきます。
 ぼくのアザも、発病した日を境に少しずつ腫れだし、だんだんコブのようになって
 いきました。腫れが大きくなるときは、アザがムクムクッと盛り上がるのがわかり、
 そのたび発病した日と同じような不安に襲われました。
 アザが大きく腫れたために、右目の視界はほとんどなくなり、口も思うように
 動かせず、言葉を正しく発音しずらくなっていったのです。

・ぼくは25才のとき、医者のすすめもあって、腫れたアザを取り除く手術を
 受けることにしました。腫れの大部分を取り除くことに成功しました。
 顔に包帯を巻かれたまま、ベッドに横たわるぼくに、医者は笑いながらこう言った。
 「藤井君が死んでも、取り除いたものは医学標本としてこの世に残るんだよ。
  すごいだろ。ハッハッハッ」
 腹わたが煮えくり返るような思いがしました。
 そして、そのアザは、今も再び同じ場所から成長を続け、以前のように大きくなって
 います。

・生まれつき右頬にあった大きなピンク色のアザのために、「バケモノ」と呼ばれた。

・ぼくが電車に乗って、椅子に座って本を読んでいるときのこと。ふと、頭に何かが
 かかった気がしました。手で触ってみると、ベタベタとした感触で、生温かく、
 すぐにそれが人のツバだとわかりました。顔を上げると、中年の男がぼくを
 にらみつけていました。チッと舌打ちをされた。
 ぼくが人にツバをかけられたのは、たぶん100回ぐらいはあったと思います。

・普段の生活の中で、ぼくの顔をまるで宇宙人に会ったかのようにジロジロと興味深げ
 に見る人たちが数え切れないほどいます。かつては睨み返していたけど、今は笑顔で
 お辞儀をする。

●海綿状血管腫
 皮膚の下の血管や血管の細胞が異常にふえてしまう病気。生まれつきあるものだが、
 小さいときには目立たず、成長してから急に大きくなることがある。触ると柔らかく、
 まれに痛みがある。自然には消えない。ふくらみが大きいと治療は難しい。






望月さん
・友達は「これで手元を照らしておいて」と、私にライターを手渡しました。私は
 片方の手でライターをつけ、もう片方の手に持ったビンにシンナーが注ぎ込まれて
 いくのを見守っていました。あともう少しでビンの中がいっぱいになる。私が
 ストップを言おうとした、そのときでした。ライターの炎がシンナーに燃え移り、
 まるでマジックのようにボッと大きな火柱が立ったのです。しゃがんでいた私を
 すっぽりおおうほどに。私は驚きのあまり腰を抜かしてしまいました。どうしよう、
 どうしよう!炎は洋服に燃え移っているというのに、パニック状態の私には熱いと
 感じる余裕すらなく、とにかく火元から離れなくちゃ、と考えるのに精一杯でした。
 私は、全速力で走り出しました。走っても走っても、炎は私を追いかけてきました。
 途中で、友達が自分の上着をかけようとしてくれたとき、初めて私は自分が火達磨
 状態になっていることに気付きました。

・ヤケドを負って痛いと感じるのは、ヤケドの中でも軽めの症状で、皮膚の神経組織
 まで焼けてしまうと、痛みを感じることはあまりないようです。彼女の場合、
 唯一軽い症状だったのが背中で、顔や腕といった前半身は神経組織まで、何本かの
 指はヤケドが骨まで達し、こげ落ちてしまいました。

・ヤケドを負う前の自分を捨てて、生まれ変わろう。見た目がこんなに醜くなってしま
 ったんだから、せめてきれいな心で生きていこう。

・あぁ、私はあるがままの自分でいて、いいんだなって。そう思えるようになるまで、
 およそ10年かかりました。

・ヤケドを負った肌はとても弱いから、日焼けすると皮膚がんになりやすいといわれて
 いましたが、日焼け止めクリームを塗って、気をつければいい話じゃない?

●ヤケド
 蒸気や熱湯、火に触れると、皮膚や皮膚の下の組織が焼けて傷ついてしまう。皮膚の
 表面にできた浅いやけどは自然に治るが、皮膚の深いところまでヤケドをしてしまう
 と、ケロイドというひきつれた跡が残ります。また、爆発や火事などでひどいヤケド
 をすると指や鼻が焼け落ちてしまうこともあります。皮膚の下の筋肉や骨までヤケド
 してしまうと、大掛かりな手術が必要。



石井さん
・「単純性血管腫」という赤いアザは消えない。
 これは生まれつきのもので、たくさん血管が集まっているため赤く見える。

・街を歩いていれば、子どもの手を引く母親は、すれ違いざまにこう言う。
 「お父さんの言うことを聞かないと、ああなっちゃうのよ。」
 自転車に乗った女の子たちは、「私があの顔なら、自殺しちゃーう!」と大声で言っ
 た。

・一見、社会はアザも何もない、”普通”の顔をした人たちだけで作られているが、
 私の目には顔にアザがあったり怪我をしている人たちが認められていない社会は、
 穴だらけに映る。

●単純性血管腫
 皮膚のすぐ下に血管がたくさん集まって、赤いアザになる。生まれたときから顔や身体にあり、自然に消えることはほぼない。痛みはない。一般的に、生まれてくる赤ちゃんの300人に1人はアザがあると言われている。






久保さん
・自分のあざを意識しだすと、外で同じ年頃の子に会うのが怖くなった。
 4-5歳のころから、私は顔を上げて歩けなくなっていた。

・私が受けたレーザー治療は1回10万円近くもかかり、10回、20回と続けて
 受けないと効果がでない。そのために、父は朝から夜中まで働いてくれた。
 寝る間をおしんで、働きづめの生活を4年もの間。2回目以降、効果は出なかった。
 お父さんは、大動脈瘤が破裂し、亡くなった。原因は過労。

・ずっと、この顔で生きてきたんだ。この先だって、この顔で生きていけないわけが
 なかった。

・結局、何かでつまずくのは、いつもこの顔のせい。小学生のときイジメられ、高校に
 入ってもばい菌扱い。大学でも同じ。

・シドニーに行って、東京ではいつも人からジロジロ見られて、ティッシュ配りの人も
 私が通りかかると手を引っ込めるのに、そこではイヤな視線を感じることはまったく
 なかった。





益本さん
・顔にヤケドを負ったのは、生後3-4ヶ月のことでした。
・毎日のように学校でイジメを受け、2年生にあがる前にランドセルは壊れてしまい、
 自分は布の手提げカバンで登校しなきゃいけなくなった。

・自分で言うのも変だけど・・・ヤケドを負ったことで、自分は人の痛みがわかる
 人間になったと思う。ヤケドを負ったからこそ、この性格になれたんだ。

・学校にイジメがあるように、社会には差別がある

・歩き旅をしていると、いつもこう思う。まるで、人生の縮図のようだな、と。
 思いがけず素敵な道に出会うこともあれば、期待を裏切られる道もある。
 予定していた距離以上に進めることもあれば、道路工事のために道を変えなきゃ
 いけないこともある。自分の歩き方は一緒。行き当たりばったりだけど、人生も
 同じ道を後戻りすることだけはしたくないと思っている。





松本さん

・左頬にあるふくらみは、「リンパ管腫」といいます。左頬から首、目の上を走る
 リンパ腺に、腫瘍という数多くの細胞が集まってできたもの

・「リンパ」という不愉快なあだ名をつけられた

・いつか、この「リンパ管腫」という病気が、おたふくかぜのようにみんなが
 知っている病気になれば、本当の病名を答えても「お大事に」という言葉が
 返ってくるのかもしれない。

●リンパ管腫
 リンパ管をつくっている細胞が異常に増えて腫瘍になり、コブのようにふくらんで
 しまう病気。手術で完全に取れることもありますが、腫瘍が大きいと取りきれない
 こともある。





大木さん

・ぼくの顔が腫れたきっかけは、3才のときにかかったおたふくかぜだったと、
 親から聞いている。おたふくかぜが治ると、右頬の腫れは引き、左だけがソフトボー
 ルの球がボコッとついたようなままだった。どの医者も原因がわからないと言った。

・11才のとき、初めて自分の病名を知った。
 「レックリングハウゼン病」。いまだ完全には解明されていないようだが、代表的な
 症状としては体に茶色の斑点ができて、人によってはそれが腫れるといわれる。

・医者は「何回か手術すれば、腫れた部分をきれいに取り除けるよ」と自信たっぷりに
 言った。ところが実際手術を受けて目を覚ますと元のままだった。
 「命にかかわる病気ではないので、これ以上手術しないほうがよいでしょう。」
 見捨てられたと思った。

・人目に触れることを恐れる一方で、ずっとぼくはこんな思いをかかえてきた。
 自分が、”普通”の世界でどのくらい通用する人間かどうかを確かめてみたい、と。

・ぼくの外見ではなく、”中身”を見ようとしてくれる人がいる。本当にうれしかった。

・街を出たとき、誰もがぼくを振り返らない社会になったらいい、という願いはある。
 その反面で、すぐに社会は変わらない、というあきらめもある。

●レックリングハウゼン病
 神経線維腫症とtもいわれる。神経をつくっている細胞が異常に増えて、腫瘍になる
 病気。皮膚にカフェオレのような茶色のあざがたくさんある人、やわらかい半球状の
 腫瘍が皮膚にできる人、ときには内臓や脳に腫瘍ができる人もいる。
 両親からの遺伝で発病するが、この病気は両親が原因を持っていなくても、突然発病
 することもある。2,000-3,000人に一人が、この病気を持っているといわれ、
 日本には3-5万人の患者がいるそう。




阿部さん

・「あのね、私、髪の毛がないの。今、カツラをかぶっているの」
 17歳だった私が、初めて付き合った男の人にこのことを告白できたのは、
 付き合い出して半年ぐらい経ったこと

・風で髪型が乱れないように、いつもうつむきがちで、しぐさや表情も固くなっていた
 と思う。自信のかけらもなかった。

・私には髪の毛だけじゃなくて、体中の体毛がはえていない。だからセックスするとき
 も相当に気をつかった。裸を見られないように部屋を真っ暗にしてもらって、こう言
 った。「下着をはいたままじゃないとイヤだ。」

・阿部さんに円形脱毛症の症状が現れたのは、4歳のとき。少しずつ髪の毛は抜けて
 いき、いつしか体毛も。7歳のころからカツラをかぶるようになった。

・ある日、学校からの帰りに校庭のど真ん中で男子にカツラを取られて、
 「カツラー、カツラー」と冷やかされたことがあった。

・髪の毛がないという事実を”個性”として受け入れることができた

・「かつて私もそうだったように、同じ円形脱毛症の人の多くは、髪の毛がない
 ことにふりまわされすぎて、心まで壊れてしまいがち。私は、髪の毛がないこと
 よりも、そのことが一番悲しいことだと思う」

●円形脱毛症
 原因が不明で髪の毛が抜けてしまう病気。ある日突然10円玉のように抜け落ちる。
 少しだけ抜ける人もいれば、徐々に髪の毛すべてが抜けてしまう人、髪の毛だけで
 なく、眉毛や睫毛、腕や足の毛など体中の毛が抜けてしまう人もいます。


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現代において重要な本。だと思う。こういう本って、みんなに読んでほしい。


いったいいくらの人が、円形脱毛症が全身にまで及ぶものであることを、
レックリングハウゼン病が、単純性血管腫がどのような病気であるかを知っているのだろうか。


道を歩けば、人に凝視され、陰口を言われる。
何もしていないのに、ツバを吐きかけられたという記述は衝撃的だった。
そんな腐ったような人間がこの世にいるのかと思った。



ぼくもいつかは忘れたけど、顔の半分が膨らんでいるような人を見た記憶がある。
たぶん学生の頃。
ぼくはチラッと見た後、なんだか怖くてその人を直視することができず、すれ違っても振り返ることもできなかった。

今思えば、そういう心理もその方に対して失礼だったな、と思う。


「ただ、世間が無知なだけ。」
その人はそのときも、今もそう思って生きているのだろうか。

もしぼくが当事者であったなら、その人やこの本に出てくる9人の方々みたいに強く生きていられるだろうか。



もっともっと世の中には知るべきことがあることを教えてくれた本だった。
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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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