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死について考える : 遠藤周作

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著者が遺そうとした心優しいメッセージ。死への見解が変わる。




・案ずるよりは死ぬは易し

・人間は死を2回体験する、出産のときに死の体験の感覚を味わって、その次には
 本当の死を体験する

・美しく老いるというけれども、老年時代の現実は、決して美しいものではない

・「遠藤君、君はまだ若いからそんなこと考えたことないだろうけど、若いときは
  若さで生きていける、壮年まではまだ社会が大事にしてくれる、老年になって
  不要になったとき、どう美しく生きるかを今から考えておかなきゃ」

・上手に年をとるということは知識の量がふえて、しかも円熟した生き方をすること
 でしょう。

・死ぬときは死ぬがよし、といった一茶のように悟るのは大変

・セスブロン
 「ある人たちにとって死は虚無と取っ組みあうこと。別の人たちにとっては
  自己と対決すること。また別の人には神のうちに沈むこと。」

・ホスピス 末期がんの患者に肉体の治療とともに心の慰めを与えること

・末期癌の患者から
 「死ぬんでしょうか」
 →若い看護婦なら「死にやしませんよ。大丈夫です。」
 →聖母病院の婦長なら「本当に苦しいでしょうねぇ。いずれ私だって、おばあちゃん
  と同じようになるんですよ。」
  苦しみというものには、必ず辛い孤独感がある。末期癌の患者の孤独感を理解と
  連帯感によってやわらげてあげている

・一度死んで息をふきかえした蘇生者2万人を調査して知ったのですが、この人たちは
 死んだあと自分を愛してくれた人、自分が愛した人で、既に死んでしまった人たちと
 死の世界で会えた、という共通経験が多いんです。

・私が死ぬことに悦びをもし感ずるとしたら、死んだ母親や兄に会えるからです。

・実際に現場にいる者の倫理と、傍観者の倫理がぜんぜん違うので、それが医者にとっ
 て一番辛い

・癌になると、90%は癌だと思いながら、10%は癌と思いたくないという気持ちが
 働くそう

・一方に死なれて、そのショックから再起させるのがグリーフ・エデュケーション

・昼間は検査とか何やかやで気が紛れるけど、夜、9時になって消灯してから、
 患者の生活が終わって、人生がはじまる

・自分のからだはゆっくりゆっくり落下して行くのだが、とても気持ちがよく、
 何ともいえぬ心持のいいリズムで音が聞こえた。
 死ぬというのは恐いものではなく、こんなに気持ちのいいものなのか

・キューブラー・ロスは、もうひとつの世界があるというのは、宗教的観点から
 ではなく、そういう臨死体験をした人たちの経験談から確信するようになりました

・キューブラーは、死の世界にいくとき、慈愛に満ちた光に包まれると報告している

・生活は私の考えでは自分の心の奥底にあるもの、自分の人生の核になっているものを
 無視、軽視していなければなかなか成立しないもの。

・ガス室でたくさんの人間を殺したあと、その人間が音楽界にいって、モーツァルト
 なんかを聴いて楽しんでいるのです。そういう記録も残っているのです。

・私は、先祖はみな永遠の生命の中におられると思っていますので、先祖を拝むという
 ことは、永遠の生命の中に入ってしまった先祖に、
 「私もやがてそちらに行きます。また会えるのですね。」と言っていることだと思う

・中国では教師である先生を、老師と言うのは、「老」には敬意を表す意味があるから
 でしょう

・今は若い人たちにもお遍路さんが流行して、八十八ヶ所をまわっているようだけど、
 あれは一種の観光旅行です。

・定年とか、第二の人生とかいわれていますが、それは退却を転進といったのと
 似ているように思います。昔は隠居するということは次の世界を信じ、そこに
 向かう旅支度だったのです。隠居生活は今までの生活重点主義を捨てて人生を直視す
 ることだったのです。生活に心を集中していると、本当の人生がボヤけてしまう。

・作庭術。地上に露出している庭石は、石のほんの一部分だけで、地面の下には
 もっと大きな部分がかくれていることを庭師から聞いたことがある。そしてその
 根石があるために、地上に顔をみせている石の坐りも、落ち着きもいいのだ。

・死が身近になると、今まで気にもしなかったものがそれぞれ深い意味を持って
 話しかけてくる

・セスブロンの言葉
 「死というのは、たぶん、海みたいなものだろうな
  入っていくときはつめたいが、いったん中に入ってしまうと・・・」
 入っていくときはなはだ冷たい。冷たいから叫んだって、もがいたっていいんです。
 それが通過儀礼としての死の苦しみでしょう。しかしいったん入ってしまった海はー
 永遠の命の海で、その海には陽光がきらめくように、愛がきらめいている・・・。

・常に健康な者は病弱な人の気持ちが絶対に理解できないと私(大久保房男)は思ってい
 る。







死についての本。最近はそれについて考えることが多かったので、
本棚にあった前買ったこの本を手にとった。



とりわけ、キューブラー・ロス医師の内容が印象に残る。
他の著者の本でも何度も出てきたと思うのだけど、今回の読書でもうこの人の名前は忘れないと思う。




もし著者のいうように先祖はみな永遠の生命の中にいるのなら、
そこにどんな気持ちでいるのだろうかと考えた。

自分は、永遠はあまり好きではない。

何事も終わりがあるから、努力をするし、悲しみもする。それが美しさを創るのに、
死んだら永遠になるなんて、ぼくはなんだか嫌な気持ちになった。

でも、先述のキューブラー師が言うように、死ぬときあたたかい光に包まれるのなら、
永遠というのは、とても心地よいものなのかもしれない。






一度死んでみたい、と不謹慎ながら思わされた本だった。


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ひとりを愛し続ける本 : 遠藤周作

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嫉妬心について詳しく描かれるいつもの先生流エッセイ。




・朗らかごっこ

・子どもは大人が想像するより以上に人生に苦しむものだ。
 子どもは大人と同じくらい、この人生の悲しさを味わうのだ。

・子どもが複雑な心理を持ち、微妙な感受性を持っていることに私たち自身も
 子ども時代に多かれ少なかれ経験したくせに、自分が成長すると、いっさいを
 忘れてうちの子は無邪気だとか、単純だとか、朗らかでと、そういう短絡的な
 形で見よう、見ようとする

・嫉妬にゆがんだ顔ほど醜いものはありません。

・嫉妬はどうもわれわれに劣等観念を持たせる相手にたいして抱く感情のようだ

・嫉妬(自尊心が傷つけられ、コンプレックスが刺激される感情)
 自信のなさが嫉妬心を引き起こす。
 坂道でブレーキがかからず速力を増していく車のよう。

・嫉妬心に駆られたものはたえず想像力を働かせます。

・自分の夫や恋人を同姓に奪われたとき、たいていの女性は夫や恋人よりも
 相手の女のほうを憎みます。が、男のほうは自分の妻や恋人を憎悪する
 気持ちのほうが強い。

・嫉妬の被害を最小限にとどめる方法
 ①嫉妬心の苦しみは根拠のない想像や妄想で起こることを知って、そういう想像を
  できるだけしないようにする。
 ②嫉妬心はあなたの顔を醜くゆがめることを考え、嫉妬のときこそ
  醜くならぬようにしよう。嫉妬でゆがんだ顔はかえって夫や恋人を遠ざける。
 ③嫉妬心はコンプレックスからきていることを承知しておくこと。

・夫は体だけあの女に貸して、心はここに残しているのだ

・あまたの顔を持ちプリズムのような自分を使い分けて生きている。
 それが人間の生き方だと思っている

・社会道徳などは時代や環境がかわれば変化するもの。大事なのは
 社会道徳ではなくて、人間としての在りかた、生き方のほう。

・憎が愛と背中あわせである感情

・人間の誰しもが持っている残酷な破壊衝動「激情(レイジ)」

・結婚生活をふくめて、どんな生活でも、生活である限り、うらぶれて、地味で、
 色彩に乏しいものです。夫以外の男性と関係を結ぶ人妻は、現在では、
 4,50%ぐらい、いると聞きました。

・女性は男よりも倫理観に欠け、さらに他人の眼、他人の非難を強く気にするものです。

・結婚という場に情熱を起こすことは嫉妬のときをのぞいて不可能である

・姦通とは、結婚生活に欠けたこの情熱をふたたび求めようとする足掻き
 姦通は苦しみ、不安、罪の意識が伴う、恰好の情熱発生の場だから。

・嫉妬、苦しみ、劣等感、さらに罪の意識がかえってあなたの執着をあぶる。
 姦通は苦しいものと同時に、その苦しみは背中あわせ。いいかえれば、
 情熱の極致は姦通につきる。

・女性にとって鼻持ちならぬのは男の、自分の家庭をふり捨てられぬ小心さや、
 臆病な姿、そしてそれを自己弁解するあの小ずるさ

・結婚生活のなかに、かつて恋愛をしていたときのような情熱をふたたび
 見つけようとするのは愚か。
 では何があるのか。情熱の代わりに連帯感と多くの人のなかからこの人が自分の
 人生の伴侶になったというふしぎな縁の尊重を大切に大切にすること。

・恋情の炎に焼かれた女の辛さ

・女性にとって一人の女の失敗や愚行や過失は女性全体を侮辱するように感じる。
 このような感情は男性にはない。

・「こんな女に誰がした」というのが、どんな過失を犯した女の心のなかにも
 あるのではないか

・抑えつけている欲望や衝動は決して消滅しない。噴出のチャンスを待っているだけ

・消すことのできぬ私の影の部分なら、それを率直に肯定しよう

・あなたの素顔を認めないことは結局、御自分の人生を偽善的にしてしまうのでは
 ないでしょうか。あなたの半分の部分を偽り、他人や社会にあわせて見せている姿
 だけをすべてとして生きねばならぬから

・どんな人にも優しく、またどんな人にも優雅だった。本当の教養と優雅さ

・別々の自分が合体したものが本当の「自己」

・いい庭を見ていると、心がしーんとします。
 われわれの心のなかにはこの「しーん」としたものにたいする憬れがある。

・散文的で、だらしなく、うす穢れたわれわれの日常生活にも「しーん」とした
 何かが入り込んでくるときがある。その時を私は「人生の時」とよびたい。
 それは「生活の時間」にさしこんできた「人生の時間」なのだ。

・しーんとした人生のときが多くの場合、苦しみとともに訪れる。
 それは心を覚醒させるもの。

・デス・エデュケーション(死支度)とグリーフ・エデュケーション(苦しみに勝つ教育)

・不治の癌にかかると、我々はまずなぜ自分ひとりにこの不運が与えられたのかという
 嘆き、恨み、怒りが襲い、次に医者や神に何とか助けてくれ、そうすれば
 今後はこうするからという取引の心理がつづき、最後にすべてが駄目だとわかると、
 はじめて死を静かに受容する気持ちになるそう。(アメリカ人キュープラ・ロスの死
 の心理)

・生命力(ライフ・フォース) 進化的運命(エボリューショナリー・デスティニー)

・神とは我々の無意識にあるファザー・コンプレックスの投影である(フロイト)

・人間は胎内と生まれてから3ヶ月以内にその気質や性格に母親から深い影響を
 受けるそう

・生後の赤ん坊で、母親が下の世話を厳重にしてやり、またその後もそこを
 清潔にするように教育された子どもは大人になると、実直、真面目、きちんとした
 性格に成長するが、他方、狭量になったり、ユーモアを欠く糞真面目性格になる
 可能性も生まれる(フロイト)

・自分のコンプレックスを子どもに押し付ける方。間違い。
 親の自己満足のためにある教育。

・外形とちがう内側に端的にあらわれるのは食事の仕方。
 ボロが出るのは食事の仕方。

・「けなされる」ことによって発奮するものは20%

・教育とは親の幸福感によるもの

・我々の意識のなかには、弱いもの、無抵抗なものを苛めることに楽しさを感ずる
 快楽本能がある

・離婚とは情熱と愛とをとり違えた行為だと思っている頭のふるい男

・ネアカの性格もネクラの性格も後天的には生後3ヵ年のうちにきまるという。
 それは母とスキンシップがちゃんと行われたか否かによるのだ。

・若いときは人生の謎と意味とが解けないから、我々は生きるのであり、
 生きるのに値する。

・シュタイナーは人生を3つに分けて、
 若いときは肉体の季節、中年は心の季節、老年は霊の季節だと言っている。
 若いときは我々は元気で人生を肉体を通して享受することができる。
 老年は霊が活動しはじめる季節。霊とは肉体や心が享受したものに意味を与える
 深い智慧のことだろう。

・ロス女史は死にかかった子どもたちに「死んだらどうなるのか」ときかれると、
 蝶の話をするという。
 「わたしは蝶々のシンボルを使います。ねむってしまうんだとは言いません。
  天国へ行くとも言いません。からだはまゆのようなもので、そのまゆが修理
  できぬくらい、こわれてしまうと、蝶々を解き放つの。それがまゆよりも
  すばらしいことをわかってもらえると嬉しいな。というのです。」




この本では、嫉妬心の捉え方についてが一番参考になる。

当たり前のようだけど、実際、嫉妬に駆られたときの人間は狂おしいほど無様。
そんな人間になりたくはないから、読んでおいて損はなかったと思う。



あと、個人的なことだが、職場で妊娠をしている同僚の方がいるので、
赤ん坊の人格形成についての文はおもしろく読めた。
自分が赤ん坊の頃は、母親がどう育ててくれたのかわからないけど、
きっと下の世話をちゃんとしてくれたんだろう。そう思っておこうと思う笑


表紙のイラストも気に入っている。



変るものと変らぬもの : 遠藤周作

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99の著者の視点からの提案。



・本当に世の植物に人間の心が通じるなら、われわれの世界はなんと心あたたまる素晴
 らしいものに変わるだろう。

・碧い宇宙

・人間の心にはある波動があり、その波動が植物に伝わるのではないか

・愛の波動と憎しみの波動、いいかえると生命の波動と死の波動があって、命のあるも
 のはその2つの波動だけは体内で感じるのではないか。

・たった一本の植物も我々が考えている以上に神秘的で複雑で、そして宇宙と結びつい
 ている

・ダンという学者の本によると夢には「将来出会う場面や出会う人を見る」予知夢があ
 るということ

・幽体離脱とは英語ではアストラル・ジャーニー

・何でもいい、食べられるものなら雑草まで食べようとしたあの時代

・「いよいよ、旅たつ今の気持ちはまったくの秋晴れ」
 死を前にしてこのような澄み切った気持ち

・たしかに誰だって見苦しくは死にたくはない。できることならゲーテのように
 「もっと光を」などと名文句をつぶやいて死にたいものだ。

・昭和25年、私が留学していたころのフランス人はインテリでさえ、日本についてほ
 とんど何も知らなかった。

・「日本人は紙と木の家に住んでいるというが、風に飛ばされないのか」
 私は、障子紙のことを説明しようと思ったが、面倒くさくなり、
 「時々、風に吹きとばされます」と答えた。

・ボーイの持ってきた珈琲を断るときは外人の紳士ならニッコリ笑って、
 ノーサンキューぐらいは言うであろう。しかし日本の重役の場合は無言で
 片手を振って拒絶する。実に愛嬌がない。

・ああ、とか、うん、とか、ほぉ、とか答えるのみ。これを
 「ああ、うん、ほぉ」夫婦という

・むかし失恋をして相談にくる娘さんに私はよく、こう言った。
 「時間に任せなさい」
 そのときはどんな慰めや励ましの言葉をかけても効果がないことを私はよく知ってい
 るから

・昔の正月には年改まってめでたいという空気があった。新しく生きる「再生」の悦びがあったし、昔の日本人が正月に抱いた宗教的な余韻が感じられる。

・若い世代たちが元旦だけ、神や仏のお力を信じているのだから、この矛盾した精神構
 造はどうなっている

・私もお爺さんといわれるのは面白くない

・日本人は酒をくみかわさねば、本音、本心を語らない。だから私はスナックをつくっ
 て、本音と本心で語り合いたい

・礼儀はたしかに虚礼。しかし虚礼だからこそ文化。むだなもの、即座には
 役立たぬものこそ文化

・「なんの臭いか知らんが、その臭いは老臭を連想させるな」

・私はやはり「少しふざけた」友人でないと、親しみがもてない。

・小説家が達筆だという錯覚

・歳月だけは同じように二人に老いを与えてくれた

・「あの頃、電車のなかにゴミみたいに汚い中学生たちがいたけど、あんたも
 その一人だったの」

・老妻の寝言は私よりひどい。ホ、ホ、ホ、ホと言って寝言で笑っている。

・本当の室内インテリアとは「間がぬけた」ほうがよいのだ。客がきて綺羅にさせるた
 め「間がぬけた」ほうがいいのだ。

・自分の死を子どもが深く悲しまぬように、わざと飲めもせぬ酒を一口飲み、すえもせ
 ぬ煙草を一口すい、ユーモアの芝居をみせてくれた御母堂。
 ねがわくは私も死ぬときは右のようなユーモアで死ねれば

・昭和二十五年ー日本が戦争犯罪国に扱われていた時代

・ホスピスの伝統のある英国では末期癌の患者を「痛みから解放すること」に専念し、
 日本では「一日でも長く生かす」ことに努力していること

・日本ではなぜか老人は「いたわるべき」相手と考えている

・老人は社会に無用な存在ではない。無用な存在であるべきではない。

・美星町ー東大の天体物理観測所があるくらいで、それは日本のなかでも一番、
 星がはっきり見える空気条件になっているからだそうだ。

・集中治療室に入るような患者の家族が仮眠できる部屋を病院は作ることはできないで
 しょうか。

・「ボクらはまあ、いい夫婦だったね」
 「今度、生まれかわってくる時もお前と一緒だよ」
 という言葉は百や千の気のきいた愛情表現よりも百倍も二百倍も価値がある。

・人間、自分が「いい行為をしている」と思うと、必ず堕落するから。

・春夏秋冬 女は怖い

・人間は本来、他人を信じて幸福になる。

・患者とは病人個人のことを言うのではない。病人とその家族とをあわせて
 患者というべき

・私は人間とは何かを書く仕事が小説だと思ってきた




死に対する感覚がおもしろい。
確かに死ぬとき、誰でも自分の人生を省みると思うのだが、
死ぬときだってユーモアあって死んでもいいじゃないかと思った。
むしろ反省しながら死んでいくより、最高の笑顔で最高の思い出とともに自分も死んでみたい。

あと、残される人が悲しくならないように死ねることが死ぬ本人にとって
そのときの一番の幸せなのかもしれない。
自分が死ぬのに周りの心配をしてしまうのは人間らしさといえようか。


また、著者の入院の経験から、病院について提案が多い。そして間違っていない。
死や苦しみが充満してしまう病院だからこそ、生命の喜びが際立つ場所だと思うのだが、
苦しみが少しでも減る努力をもっと病院側はできるはずなんだよなぁ。
もちろん、入院したことのない自分なので、はっきりしたことは言えない。
今の病院はもっとホスピタリティに敏感であるんだろう。



ぐうたら人生入門 : 遠藤周作

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元気が出る小言の集まり。


・浪費の感情の中にはいろいろな理由があるが、その最も主なもののひとつには
 「自分にたいする自信のなさ」があるのではないか。

・ケチの美徳を学ばねばいけんで。

・ケチか浪費家か、すぐわかる方法
 親指をうしろにそらせるやり方。非常によくそるやつは浪費家
 いくら力を入れても指が直立しているやつはまずケチ

・気の弱いやつは、えてして芯が強いことにたまらなくあこがれる

・女房というのは、妻が突然か自然にか変異して、家庭の座にどっしりと
 アグラをかき、縦から押しても横から押してもビクともせず、
 亭主を村八分にするーあのおばさん時代のこと
 相手が女房となり、君が彼女に何らかの形で使われるようになったときは、
 君はもう夫ではない。亭主である。

・独善主義というのは女の一番おちいりやすい習癖だと私は知った。

・人間は自分ができぬことを他人がやっておればしゃくにさわる。
 そしてその欲求不満をたやすく正義感に転嫁することができる。

・女は全身全霊でうそをつく

・男はうそをついている自分を知っているが、
 女は自分のうそまでしんじてしまう

・小便することを蛍を見に行くという奥ゆかしさ

・疑心暗鬼にみちみち、他人というものを信用しなくなったわれわれ人間

・犬がうんこをしている格好ほど、寂寞(せきばく)としたものはないね。

・披露宴でだされる食事はマズい。
 結婚式のときはなぜマズくなるかというと、人間、かしこまって食事をすると
 医学的に胃酸が分泌しないから

・他人が幸せそうな顔をしていると、こっちの面白くもない毎日が余計に灰色にみえて
 くる。

・闇鍋にて。「私、メダカを5匹ほど入れておきましたが、どなたか、
 箸にかかりましたかな」

・いやはやこれは絶望

・女房はあのネグリジェとかいうメリケン粉袋の洗いざらしたやつをきたまま、
 頭に仏壇の金具のようなものをベタベタつけ

・夕暮れに灯火がうるむ病院の窓では社会での地位や仕事がなんであれ、
 自分の人生をじっとふりかえる人々が住んでいる。

・人間が一瞬だけだが、自分の本当の顔を取り戻すときが、人生にはかならずあるもん
 だ。それは、わしらが息を引き取るとき。
 デスマスクといわれるものは「死顔」ではなく「素顔」と訳すべきかもしれん

・相も変わらず恋だのラブだのの感情

・「あなた、まだ、あたしのこと好き?」
 「ブッ」
 これでいいのだ。

・猫語。ミャウはあなた、ミョは来い、ニョウ、ニョウは早く早くの意

・易者。庶民の身の上相談役、つまりグチの聞き役だと私は思っている。

・トルコのことわざ 明日できることを、今日するな






やっぱり著者はユニークである。

たしかに遠藤周作には勤勉なイメージがなく(失礼)ぐうたらに見える面が大きい。

でも、そのぐうたらさが逆にいい。
怠け者だから、こうも親しみが沸くんだろうか。


結局、怠け者でも、好奇心にかられて、いろいろな物事を吟味している著者に惹かれてしまう。

彼の性格がよくわかる一冊だった。

恋することと愛すること : 遠藤周作

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恋愛の教科書。



・女性は嫌いな男に愛を求められると甚だしく相手を拒絶するが、そう嫌いでない男性
 だとふしぎにその相手に好感を持つもの

・まず恋愛に恋せず、本当の恋人に恋してください。

・男性をみる眼が肥えれば、相手を必要以上に美化しすぎたり、陶酔したりする危険が
 なくなっていくものです。

・ドン・ファン的な心理はほとんどすべての男性が持っている

・未知なものと闘い、それを征服していくことに悦びを感ずるのが男性

・抵抗力のあるものと戦うときの、イキイキとした充実感、生命感が男性にとって非常
 に大切

・好色家もしくは漁色家には歴史上、二人の代表的な人物がいます。ドン・ファン(架
 空の人物。)とカザノバ(実在)。前者の捨てた女性は常に烈しい恨み、憎しみを持っ
 ているのに対し、後者の方は女性の中にただ肉体の快楽だけしか求めていなかったた 
 め、彼と別れた女性たちは、恋の楽しさを与えてくれたことを嬉しく思った。

・ドン・ファンに捨てられた女が恨みを抱くのは、このように「不完全な女」として
 見捨てられたため

・ドン・ファンは自分の恋人の中に理想的女性の姿がないといって彼女から離れていっ
 た。だが、なぜ、ドン・ファンは恋人を自分の力、彼女の協力によって理想的女性に創り上げていかなかったか、未来に向かって2人の異性が何かを創り上げていくことを愛とよぶならば、ドン・ファンはたしかにこの愛の意味、愛の力を知らなかった。

・理想的女性は探すものではない。創るものなのだ。

・印象ー好感ーもう一度会いたいと思う気持ちー軽い嫉妬ー彼のことが気にかかりだす
 ーその自分の心を持て余しはじめるー自分の恋心を否定しようとする

・「愛すること」には恋のように烈しい炎の華やかさも色どりもない。その代わりに長
 いもえつきない火を護るため、決意と忍耐と意志とが必要

・だれだって恋をすれば恋人をすぐれた人と思いたがるものですし、そして自分たちの
 未来だけは幸福にむすびついていると考えずにはいられないもの

・人間の愛は矛盾に充ちている

・本当の恋愛、つまり自分と相手との本当の幸福を育てようとすること

・女性はともかく、男性というものは、どんなに相手を愛していても、相手のすべてを
 余りに早く知りすぎると、ある幻滅と失望とを感ずるようにできている。
 余りに相手から愛され過ぎると、その愛を逆に重荷に感じるもの

・もし彼女が本当にカシコイ女性であり、自分たちの恋愛を永続させ、幸福に育ててい
 くつもりだったら、2ヶ月という僅かな交際だけで相手に体のすべてを与えるべきで
 はなかったでしょう。

・デートのたびごとに幾度もやりすぎると新鮮さも魅力も失う。
 彼が求めることが多すぎれば、ヤサシク拒絶すべき。

・初恋・・・最初の恋愛がある人の人生の方向をまったく決定してしまったり、それほど
 ではなくても、その人の異性観や恋愛観の上に、拭い去ることのできぬ痕跡を
 残す例は決して少ない

・確かに初恋にはもろさ、破れ易さを伴っていることは否定できない。
 破れ易いに拘わらず、それを守り貫こうとするとき、美しい

・恋人ができることを毎日、心の中で待っているのは不安定な心理といえる。
 それは、自分をはじめて愛してくれた男性にすぐ心を許しやすいことと、その男性を
 非常に完全な男性と思い描きやすいこと。

・嫉妬というものはもともと、劣等感から起きるものですが、恋愛の場合はむしろ侮辱
 感や自尊心をひどく踏みにじられた苦痛感から生じる

・嫉妬から急激な執着へーそしてこの本能的な執着感を情熱や愛情と取り違えるのは陥
 りやすい錯覚

・愛するというのはまず相手を知ろうとする意志

・恋愛映画は実は「愛」というよりは「情熱」に重点をおいている

・昭和20年の3月上旬。著者は路ばたの人間の形をした真っ黒な灰がいくつも転がっ
 ているものを見、死に対する感覚は既にすりへらされ、鈍くなってた。死は著者のま
 わりの至るところで匂っていた。

・肉欲はそれ自体ではかならず幻滅や湿りけや悲哀がともなう。

・処女でないという影像は過去のもの、既に新鮮さを失ったものを本能的に想起させる

・女性は男性より純潔への憧れが鋭敏、女性は肉欲というものを自動的に生むことは
 できない

・極端な純潔主義は破壊にみちびかれる

・恋愛至上主義者たちの誤りはいつも愛情の量に重点をかけて、質を軽視すること

・結婚とはやはり肉欲にその正しい価値と意味とを与えてくれるもの

・肉の結びつきを恋愛中にすることは容易いこと。でもそれを抑えることのほうが二人
 心に困難にうちかつ勇気や力を要求する

・純潔は生まれて与えられるものではなく、創るもの

・肉欲とは感覚の陶酔。かならず冷めるもの、消えるもの。
 これを持続させることが結婚。

・名声とは他人が作ってくれるもの

・男性の中でも名声欲の強いのは、女性的な感情の強い者(たとえば芸術家)。
 一般に男性にとっては、まず出世欲があり、それに附帯して名声欲がある。

・醜いものをみたとき、不快感を感ずるのは、美への欲望が裏切られたから

・快楽は限界をすぎると飽満感や不快感を伴う

・砂針の刻むチク、タクという音は私たちになぜか、人生の空しさを予想させる。
 繰り返しの空しさ、その虚無感だけでも私たちは何か死の臭いを連想する

・カマキリの雄は性の営みを終えた後、死んでいく。妻は夫を食い殺す。

・現実の苦痛や不快から逃れる手段として快楽に頼ることは確かに私たち人間の
 弱さを示している

・快楽への欲望を制御する知恵を持つこと、これがギリシャや東洋の哲人たちが多くの
 場合、採った方法

・その家は無駄がなさすぎて息ぐるしかった

・愛は、むしろ不安によって、苦しみによって、疑惑によって燃え上がる

・代用品はいつまでも偽者にすぎない

・キリスト教では紙の愛をアガペーという。人間同士の愛をエロースと呼ぶ。







ドン・ファン的な男性はこの世にとっても多いんじゃないかな。
そう思った。


理想ばかり追い求めてしまう。ハートがぴったり合う人間なんていないのを分かってて。
自分もそのうちの一人なんじゃないかと改めて思う。


恋が虹のような色合いがあるなら、愛はきっとモノクロみたいなもの。
その濃淡を時間をかけて創り上げるんだろうな。



遠藤周作の本を読んでると、大人にも学校があればいいのにと思う。
大人の学校の教科書を、こういう本にすれば、より多くの人が
より深くて賢い(?)恋愛ができるんじゃないかと思う。

もちろん恋は盲目というから、
きっと恋愛している最中は本に書かれることを忘れてしまうこともあるんだろうけれど。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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