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茸の香 (薄田 泣菫)

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香気にしてからが然うで、石花菜を食べるのは、海の匂を味はひ、香魚を食べるのは淡水の匂を味はふので、今恁うして茸を食べるのは、軈てまた山の匂を味はふのである。山も此頃のは、下湿りのした冷たい土の香である。

茸を噛むと秋の香が齦に沁むやうな気持がする。味覚の発達した今の人の物を喰べるのは、其の持前の味以外に色を食べ香気を食べまた趣致を食べるので、早い談話が蔓茘枝を嗜くといふ人はあくどい其色をも食べるので。海鼠を好むといふ人は、俗離れのした其の趣をも食べるのである。

吸物の蓋を取ると走りの松蕈で、芳ばしい匂がぷんと鼻に応へる。給持の役僧は『如何だ』といつた風に眼で笑つて、





日本の祖父母の住む山の匂いを思い出せる一冊でした。
雨で濡れた山のしんなりとした空気の安心感。
すごく懐かしいと思いました。


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酒 (薄田 泣菫)

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法律の箇条書で一杯詰つてゐる筈の頭は、案外空つぽだつたと見えて、缶詰の空殻を投げたやうに、かんと音がした。

酔つ払がよくするやうにKは丁寧に帽子を取つてお辞儀





頭のとてもよい人がお酒によって馬鹿を見て死ぬという短話。
お酒の気持ちよさと、自制心の大切さをユーモラスに教えてくれました。

小酒井不木氏スケッチ (国枝 史郎)

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もし又大道で商売った為に、ほんとに高貴性が失われるようなら、それは買手の罪では無く、その知識や芸術が、時代錯誤をしていたからさ。罪は却って高踏派にあるよ」と。尚私は進言する。「人間に関係ある一切の物は、大道商売をすることに由って、真価を発揮することが出来るのだよ」と。更に私はこんなようにも云う。「特に高踏派に属するものは、大道に商売う必要があるよ。いかに今日の大衆なるものが智的に情操的に進歩しているか、それを知ることが出来ようからね」と。

氏の社会観、人生観、文芸観というようなものは、氏の口からは聞くことが出来ない。そういう質問をする毎に、「まだ定まっていないのです」

氏は飽迄も自分自身を、アマチュアを以て任じて居られる。で氏は時々云われるのである。「苦労人の作った苦心の作を、どうしてアマチュアの身分を以て、悪く云うことが出来ましょうか」と。

自説を述べられる時だからである。しかし然ういう場合にも、極わめて婉曲な云い廻わし方をされる。「こう書籍にありました」「斯うある人が云って居ります」つまりこんなように云われるのである。これは露骨な自己拡張を、欲しない人の態度である。

広い額だということは、氏が博士だという事に由って、非常に合理的に解釈出来よう。狭い額の人間など、往々例外はあるにしても、先ず滅多に博士には成れない。





小酒井不木氏を尊敬する著者が書いた小酒井氏について。
ぼくは小酒井氏について何も知らないですが、その控えめで美しい態度は尊敬。
ぼくもいつか言えるようになりたいです。「まだ定まっていないのです」。なんて。
かっこよすぎますよね。

ババールとサンタのおじさん (ブリュノフ ジャン・ド)

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個人的にこの絵が大好き。





クリスマスイヴの よるに すっげえ やさしい おじさん、 それも もじゃもじゃ しろひげで あかいふくに とんがりぼうしの やつが、 そらを とんでくるらしいぜ。

ああ ゆうびんやさんが いつも どれだけ さがしても サンタさんからの へんじは きていません。 あるひ ババールが そんな こどもたちに きづきまして。

にんげんの こどもと おなじように、 ぞうの くににも いらして、 うちの こどもたちにも おもちゃを くばってほしいのだと。

クリスマスイヴの よるは もう いそがしすぎて くたくたで、 どうしても ぞうの くにには いけないのだと。 さらに ことばを つづけまして。「せかいの こどもたちに おもちゃを くばる。 その いつもの しごとでさえも きょねんは いっぱいいっぱいでな。

そらも とべるように なる まほうの ふくに、 いつでも おもちゃ いっぱいの かご。

クリスマスイヴの よる、 ババールは サンタさんに いわれたとおりに します。 ふくと ひげを みにつけると、 たちまち からだが かるくなって、 とべるように なったのが わかります。

そうして クリスマスの あさ。 どのおうちでも めを さました こぞうは みんな おおよろこびで! おしろでも おきさきの セレストが それぞれの おへやを ちらっと のぞくと、 ポムは くつしたを さかさに、 フロールは おにんぎょうを あやし、 アレクサンドルは ベッドで とびはねながら おおごえ。「とっても すてきな クリスマス! クリスマスぅ!」






ぞうの国の王様がサンタさんに自分の国にもプレゼントを届けにきて欲しいと直談判するために、
サンタさんを探すお話。

絵がとってもとってもかわいいのですが、
この絵本を読んでサンタさんをちゃんと労わらないといけないのだなぁと思いました。
世界中一人飛び回ってプレゼントを届けるわけですから、そりゃあもうめちゃくちゃ重労働!
今までプレゼントをもらう側だったので全然気に留めていなかったのですが、大きな喜びの後ろには厳しい仕事をこなす人がいることを忘れてはならないなぁ、なんて思いました。


素敵なお話。

味覚馬鹿 (北大路 魯山人)

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美味いもの食いの道楽は健康への投資と心得よ。


食事の時間がきたら食事をするという人がある。食事の時間だから食べるのではなく、腹が空ったから食べるのでなければ、美味しくはない。美味しいと思わぬものは、栄養にはならぬ。美味しいものは必ず栄養になる。

料理というと、とかく食べ物だけに捉われるが、食べ物以外のこれらの美術も人間にとって欠くことの出来ない栄養物なんだから、大いに気を配ることが肝心だ。

絵でも、書でも、せいぜい趣味の高いものに越したことはない。これまた心の栄養で、人間をつくる上の大切な肥料なんだから。

料理を美味く食わすという点からいえば、同じものでもよい器に容れる。景色のよいところで食うことが望ましい。叶わぬまでも、なるべくそういうふうにする心がけが必要である。アパートでも、部屋をよい趣味で整えて食事をする。そういう心掛けが、料理を美味くする秘訣だ。ただ食うだけというのではなく、美的な雰囲気にも気を配る。これが結局はまた料理を美味くする。

鶏でも年老ったのは不味い。卵を生む前のが美味い。

材料を見分ける力をまずつけること

「人はその食するところのもの」と、ブリア・サヴァラン(『味覚の生理学』の著者)はいっている。その人の生活と、大きく考えれば人生に対する態度が窺われる。

高いものは食えない、料理の工夫は知らない、旧慣をあり難いものにして、自分たちはこれでよいのだとあきらめているからである

万人が日常食とするお惣菜料理の大部分は、あきらめの料理

栄養栄養と、この流行に災いされ、栄養薬を食って栄養食の生活なりと、
履き違えをしているらしい。


料理は悟ることだよ、拵えることではないんだ

そういえば、台所道具がどこの家もなっていない。よく切れるいい庖丁、大根おろし、わけてもかつおぶしを削る鉋のごとき、どれも清潔で、おのおの充分の用に耐えるべき品が用意されていないように思う。

ほんとうに美味いものを食べたいと思う食通は、まず飯を吟味しなくてはならぬ。飯のよしあし、また飯と平行して、煮だしこぶのよしあし、これを果してどのくらい知っている人があるだろうか?

飽きるところから新しい料理は生まれる。

低級な食器にあまんじている者は、それだけの料理しかなし得ない。こんな料理で育てられた人間は、それだけの人間にしかなり得ない。

美味なれば必ず栄養が存する。

現今の料理は美趣味が欠如している。











食器に対する思いがすごく僕にとってはおもしろかったです。
安物の食器でもちょっとオシャレな感じであればいいだろう、なんて思っていたからです。
いわば食器を軽視していたのです。なんと哀れな自分。


「絵でも、書でも、せいぜい趣味の高いものに越したことはない。
 これまた心の栄養で、人間をつくる上の大切な肥料なんだから。」

というフレーズが胸に焼きつきました。一流の肥料を蒔いて一流の人間をつくってみたいものです。

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Hiro

Author:Hiro
読んだ本の記録。忘れたくない言葉。

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